「選挙」カテゴリーの記事一覧

2020年10月4日

スーダン/選挙

スーダンでは、独立前の1953年以降、選挙制度が導入されてきた。1989年にバシール大統領が政権を奪取して以降は、1996年、2000年、2010年、2015年に総選挙、1998年に憲法改正を問う国民投票、2011年に南部スーダン住民投票(南部の分離独立が決定)が行われた。バシール大統領は、いずれの選挙でも、高い得票率で大統領の座を維持してきた。立法府の下院にあたる国民立法議会においても、常に与党NCPが圧倒的に多くの議席数を獲得してきた。

2019年の政変により、バシール大統領は失脚し、NCPは11月に解体された。2019年8月の憲法宣言(第23条)では、今後立ち上げられる移行立法評議会においては、スーダンの変革に参加するすべての勢力の代表が含まれるようにすることを明記しつつ、バシール政権参加にあったNCPや関連勢力は排除することも盛り込まれた。2022年に予定される選挙が注目される。

選挙権

選挙権は、スーダン国籍を持ち、18歳以上であり、有権者登録を済ませており、市民及び政治的権利を享受していること、そして健全な心の持ち主であること、の条件を満たす者に認められる。海外在住者は、大統領選挙及び国民投票のための有権者登録はできるが、議会選挙はできない。以上は、2008年国民選挙法(2014年改正)に規定されている。

立候補資格

議会選挙立候補者として認められるのは、スーダン国籍を持ち、21歳以上であり、健康で読み書きができ、立候補前の7年間にわたって犯罪で有罪を受けたことがなく、州議会・州政府メンバーでなく、大臣職にも就いていない人物である。

今後立ち上げられる移行立法評議会の立候補資格もほぼ同様の内容である(2019年憲法宣言第25条)。

大統領選挙

大統領は、直接選挙により過半数を獲得することで当選する。必要に応じて2回投票が行われる。任期は5年である。南スーダン独立を決める住民投票前の2010年に実施された大統領選挙では、候補者は乱立するも、実質的にはバシール大統領(与党NCP)と南部スーダンの主力政党であるSPLM候補者であるヤーセル・アルマーンの対決となった。しかし、アルマーンが立候補を辞退したこともあり、結果としてバシール大統領68.2%、アルマーン候補21.7%(辞退により無効)となった。2010年の選挙の後、バシール大統領は次の大統領選には出馬しないことを表明したが、党内・政権内の世代交代が思ったように進まず、2014年10月にはNCPは、バシール氏を正式な大統領候補として選出することを決定した。 2015年4月13-16日に行われた大統領選挙では、バシール大統領が94.1%、他の15人の候補者は5.9%という得票率で、バシール大統領の再選となった。ただし、こうした選挙実施期間になると、投票箱のすり替えや選挙権を持たないものが投票する、無効な投票用紙が計上されている、などの不正や工作が報じられることがしばしばある。

なお、首相は大統領の氏名により選出されるが、1989年6月30日以降、バシール政権以下では首相ポストは廃止されていた。2015年から2016年の国民対話プロセスにおいて、首相ポストの復活がなされ、バシール大統領は2017年3月にサーレハ(Bakri Hassan Salih)首相を指名した。2019 年8月21日、FFCがハムドゥークを移行政府の首相に指名し、現在に至る。移行期間が終了する2022年に次の大統領選挙が実施される見込みである。

議会選挙

2005年から2019年4月までの暫定憲法において立法府と規定されていた全州評議会(上院)と国民立法議会(下院)があった。国民立法議会は、「自由かつ公平な」直接選挙によって議員が選出される。また、全州評議会は、州議会による間接選挙によって各州から3名ずつ選出される。両議会とも、任期は5年である。

最近では、2015年4月に国民立法議会選挙が、同年6月1日に全州評議会選挙が実施された。国民立法議会選挙では、バシール大統領率いる与党国民会議党(NCP)が426議席中323議席、続いて民主統一党(DUP)が25議席を獲得した。無党派の独立候補者19名も議席を獲得した。ただし、主要な野党勢力であるウンマ党や人民会議党などはこの選挙をボイコットした。国民立法議会における女性議員率は31%であった。全州評議会では18州の各州議会から3名ずつ、合計54名が間接選挙で選ばれた。加えて、係争地アビエイ地域議会から2名が、全州評議会で投票権のないオブザーバーとして選ばれた。全集評議会における女性の比率は35%であった。

2019年8月の憲法宣言により、2022年の選挙実施まで、立法府としてはこれらの両議会に代わって移行立法評議会が設立されることとなった。ただし、2020年9月現在、移行立法評議会は発足していない。

<参考:スーダンの選挙>

  • 1953年 複数政党「自治」議会選挙
  • 1958年 複数政党議会選挙
  • 1965年 複数政党憲法議会選挙(北部スーダン)
  • 1967年 複数政党憲法議会選挙(南部スーダン)
  • 1968年 複数政党憲法議会選挙
  • 1971年 大統領に関する国民投票(ヌマイリーのみが候補)
  • 1972年 単一政党による人民議会選挙
  • 1974年 単一政党による人民議会選挙
  • 1977年 大統領に関する国民投票(ヌマイリーのみが候補)
  • 1978年 単一政党による人民議会選挙
  • 1980年 単一政党による人民議会選挙
  • 1983年 大統領に関する国民投票(ヌマイリーのみが候補)
  • 1984年 単一政党による人民議会選挙
  • 1986年 複数政党議会選挙
  • 1996年 単一政党/複数候補者による大統領選挙
  • 1998年 憲法改正に関する国民投票
  • 2000年 複数候補者による大統領・議会選挙、主要政党がボイコット
  • 2010年 複数候補者による大統領・議会選挙、主要政党がボイコット
  • 2015年 複数候補者による大統領・議会選挙
  • 2022年 選挙実施予定

今後の見通し

2019年8月の憲法宣言にて、スーダンの移行期間後の2022年後半に民政移管を完了させるため、選挙の実施もされる予定が記載されている。なお、同宣言は、主権評議会の議長やメンバー、州知事、各地方の首長らが、2022年に実施予定の選挙に出馬することを禁止している。2022年の民政移管完了に向け、選挙実施に向けた準備が急務となっている。

参考文献

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2020年10月3日

シリア/選挙

(1)2014年大統領選挙

旧憲法のもとでは、シリアにおける内政と外交、さらには軍事を司っている大統領を選出するプロセスは、「バアス党シリア地域指導部」が推挙した候補者に対して国民が投票を行うというものであった。すなわち、バアス党員のみが大統領職への「パスポート」を有しており、「包括的抑圧体制」のもとで「市民的・政治的自由」に大幅な制約が加えられているなかでは、結果的に「信任投票」が行われてきたのである。 

しかしながら、シリアにおける反体制運動の高揚には、こうしたバアス党の優越的地位に対する批判が重要な役割を果たしたことから、現憲法においては、第85条で大統領職に対する複数立候補制が導入された。また、大統領職における任期制限(最大2期14年)も第88条で規定された。他方、大統領職への立候補要件を定めている第84条には、40歳以上という年齢やシリア国民という国籍といった要件に加え、候補者として推挙される時点(第85条の規定により、少なくとも国会議員35名の支持を得る必要がある)までに、シリア国内に最低10年間継続して住み続けていなければならないとの要件(旧憲法には存在せず)も含まれていた。この居住要件は、反体制側の指導者の多くがシリアから国外に逃れているなかで、そうした指導者の立候補を阻止するために導入されたものである。したがって、有力な対立候補が存在せず、B・アサド大統領の再選が当初から確実視される状況であっては、実質的にはこれまでの「信任投票」と大きく変わることがなかったことから、反体制側及びその後ろ盾である欧米・湾岸アラブ諸国は、大統領選挙そのものを「茶番」と見なし、同選挙の正当性を認めないとの立場をとった。

結局のところ、2014年6月3日に実施された選挙においては、B・アサド以外に「泡沫候補」である2名が立候補した。公式発表によると、B・アサドは、88.7%の得票率(投票率は73.42%)でもって再選され1、7月16日から3期目の政権をスタートさせた。そして、B・アサドは自らの再選に勢いを得て、北のアレッポからホムス、ダマスカスを経て南のダラアーに至るシリア随一の基幹エリア「南北回廊」と、アサド家の本拠地である北西部ラタキアに焦点を当て、これら地域に位置する反体制勢力の拠点に空爆を中心とした猛攻をSAAに指示した。この結果、大統領選挙は政治・軍事両面において、アサド政権と反体制側並びに欧米・湾岸アラブ諸国との溝を広げる方向に作用したのである。

(2)2012年国会議員選挙

2012年の憲法改正により、「政治的多元主義」及び複数政党制が第8条(旧憲法ではバアス党の「指導的立場」が規定されていた)で規定され、同年5月7日には、現憲法下で初めての国会議員選挙が実施された。だが、SAA並びに治安部隊と反体制勢力との間で武力衝突が続く状況であり、ゆえにアサド政権の支配地区でのみ選挙が行われ、反体制側は選挙に参加しなかった。結局のところ、定数250に対して7195人が立候補するなかで、バアス党主体の与党連合「国民進歩戦線」が150議席を獲得する一方、バアス党寄りの人物が独立系候補として立候補し、90議席を獲得した。また、公式発表によると、投票率は51.26%であった2

(3)2016年国会議員選挙

現憲法の第56条において、議員任期は通常4年と定められている。そこで、2016年4月13日に国会議員選挙が行われたものの、前回の2012年選挙と同様に、武力衝突が続いている状況であったことから、アサド政権の支配地区でのみ選挙が行われ、反体制側は選挙に参加しなかった。結局のところ、定数250に対して約3500人が立候補するなかで、バアス党主体の与党連合「国民進歩戦線」が200議席を獲得した。また、公式発表によると、投票率は57.56%であった3

(4)2020年国会議員選挙

新型コロナウィルス感染症の拡大により、2020年4月以降2度にわたり延期されていた国会議員選挙は、7月19日に実施された。国土の7割程度を掌握していると見なされているアサド政権の支配地区でのみ選挙が行われ、反体制側は選挙に参加しなかった。結局のところ、定数250に対して1656人が立候補する4なかで、バアス党主体の与党連合「国民進歩戦線」が177議席を獲得した5。また、投票時間は午後11時まで4時間延長され6、公式発表によると、投票率は33.17%であった7。なお、ヒシャーム・シャアル法相は選挙後に、投票率の低さの要因として、新型コロナウィルス感染症の拡大並びに国境閉鎖に伴う在外シリア人による投票権の不行使を挙げた8

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2020年6月10日

イラン/選挙

イランでは1979年2月に革命が達成されて以降、大統領(任期4年)、国会議員(同4年)、及び専門家会議メンバー(同8年)を選ぶ選挙が定期的に行われてきている。国民投票もこれまで3回実施されており、1度目の国民投票では革命後の新体制の名称が問われ、2度目と3度目の国民投票ではそれぞれ、新憲法と改正憲法の承認が問われた。1999年には初めて、地方評議会(任期4年)選挙も実施された。 

選挙権

今日のイランでは、選挙権は18歳以上の男女に与えられている。革命当初、選挙権は16歳以上の男女に与えられ、その後選挙権年齢は一時15歳まで引き下げられたが、2007年1月2日選挙権年齢は15歳から18歳に引き上げられた。

立候補資格審査

今日のイランで選挙に立候補するためには、立候補の資格審査を通過しなければならない。大統領選挙と専門家会議選挙については、立候補の資格審査は監督者評議会が行っている。国会選挙の立候補資格審査は、まず選挙区ごとに設置される選挙実行委員会(内務省傘下の選挙本部の下に設置)が実施し、次いで監督者評議会が任命する州選挙監督委員会が実施する。選挙実行委員会の審査結果に不服の者は州選挙監督委員会に、州選挙監督委員会の審査結果に不服の者は監督者評議会に対し異議を申し立て、再審査を申請することができる。監督者評議会が再審査の実施後に行う最終結果発表によって、全立候補者が確定する。 確定した立候補者の名簿は内務省が発表する。 

大統領選挙

イランではこれまでに、合計12回の大統領選挙が行われてきた。1980年の第1期大統領選挙で選出されたバニーサドルは、1981年6月に国会より弾劾決議を受け、罷免された。これを受けて翌7月には第2期大統領選挙が行われ、バニーサドル大統領の下で首相を務めていたラジャーイーが当選した。しかしラジャーイー大統領は1981年8月末、大統領に就任して2週間あまりでバーホナル首相とともに暗殺され、これを受けて同年10月に実施された第3期大統領選挙ではハーメネイー師が当選し、第3代大統領に就任した。これ以降、大統領選挙は定期的に4年ごとに実施され、現ロウハーニー師まで5名の大統領は皆連続2期8年を務めてきている。

有権者数投票総数投票率当選者得票数得票率
11980120,993,64314,152,88767.42アボルハサン・バニーサドル10,709,33075.67
21981722,687,01714,573,80364.24ムハンマド・アリー・ラジャーイー13,001,76189.21
319811022,687,01716,847,71774.26アリー・ハーメネイー16,003,24294.99
41985825,993,80214,238,58754.7812,203,87085.71
51989730,139,59816,452,67754.59ハーシェミー・ラフサンジャーニー15,550,52894.52
61993633,156,05516,796,78750.6610,566,49962.91
71997536,466,48729,145,75479.92モハンマド・ハータミー20,138,78469.10
82001642,170,23028,081,93066.5921,654,32077.11
9(第1回)2005646,786,41829,400,85762.84 (決着がつかず決選投票へ) - -
9(第2回)2005646,786,41827,958,93159.76マフムード・アフマディーネジャード17,248,78261.69
102009646,199,99739,371,21485.22〃 24,527,51662.30
 112013650,483,19236,821,53872.94 ハサン・ロウハーニー18,613,32950.55
122017556,410,23441,366,08573.33〃 23,636,65257.14

出所: Iran data portal (https://irandataportal.syr.edu/presidential-elections)をもとに作成 

第9期大統領選挙

2005年6月17日、第9期大統領選挙が行われた。この選挙における有権者は15歳以上の男女全てであり、有権者数は4678万6418人(2005年6月16日付IRNA報道)であった。

この選挙の立候補登録者は1014名(うち女性は89名)に上り(立候補登録期間:5月10~14日)、監督者評議会は5月15日から資格審査を開始し、5月22日、審査結果を発表した。監督者評議会により資格を認められたのは、アフマディーネジャード・テヘラン市長、ラーリージャーニー元国営放送総裁、レザーイー体制利益判別評議会書記(元革命防衛隊総司令官)、ガーリーバーフ前治安維持軍司令官、キャッルービー前国会議長と、ラフサンジャーニー体制利益判別評議会議長の6名であった。この時点で、改革派の有力候補とされていたモイーン前科学技術相は失格処分とされた。 

これに対してハーメネイー最高指導者は、監督者評議会にモイーン前科学技術相とメフル・アリーザーデ副大統領(兼イラン・スポーツ連盟総裁)の立候補資格を再審査することを要請した。5月25日、監督者評議会は再審査の結果、同2名の立候補を承認したと発表し、立候補の有資格者は8名となった。しかし6月15日、レザーイー体制利益判別評議会書記は立候補を撤回したため、立候補者数は最終的に7名となった。 

5月24日から6月15日までの選挙運動期間を経て、6月17日の朝8時には、予定通り投票が開始された。第1回投票ではいずれの候補者も、「投票総数の過半数」の票を獲得することができず、上位2位を占めたラフサンジャーニー候補とアフマディーネジャード候補の2名が、6月24日の決選投票に臨むことになった。決選投票の結果、アフマディーネジャード候補が1724万8782票を獲得し(得票率61.69%)、ラフサンジャーニー師に700万票近い大差をつけて当選した。 

第10期大統領選挙

2009年6月12日、第10期大統領選挙が実施された。その日程は以下のとおり。 

イラン第10期大統領選挙日程

  • 5月5日~9日 立候補受付期間(今回よりインターネットで立候補登録を受付)
  • 5月9日夜~14日 監督者評議会による立候補資格審査
  • 5月15日~19日 監督者評議会による、立候補資格再審査
  • 5月20日・21日 国家選挙本部、立候補最終確定者を発表
  • 5月22日~6月10日 選挙運動期間(20日間)
  • 6月12日 投票日

5月10日、ダーネシュジュウ国家選挙本部長は、立候補の届出を行った者は合計で475名に上ると発表した。この発表によれば、インターネット上の選挙登録受付用サイトで登録を行った者は3,272名に上り、その14.5%にあたる475名が選挙本部に実際に出向き、立候補届出の手続きを完了させた。 

その後監督者評議会による立候補資格審査及び再審査を経て、5月20日、マフスーリー内務相は、アフマディーネジャード大統領、ムーサヴィー元首相、キャッルービー元国会議長、およびレザーイー体制利益判別評議会書記の4名が、大統領選挙の立候補資格を認められたと発表した。選挙当日、投票は、全国368の自治体に設置された合計4万8千ヶ所の投票所(うち1万4千ヶ所は「移動式」)で行われた。当初「朝8時から10時間」とされていた投票時間は、投票所によっては深夜12時まで延長された。

選挙の翌日である6月13日(土)の夕刻、マフスーリー内相は選挙結果を発表した。この発表によれば、今回の大統領選挙における投票総数は39,165,191票であり、投票率は85%に上った。マフスーリー内相が発表した開票結果は、以下のとおりである。ハーメネイー最高指導者は同13日、マフスーリー内相による選挙結果の発表を受けて直ちに声明を発表し、国民の選挙への広範な参加を讃え、アフマディーネジャード大統領の再選を祝福した。

立候補者得票数得票率
アフマディーネジャード大統領24,527,51662.63
ムーサヴィー元首相13,216,41133.75
レザーイー体制利益判別評議会書記678,2401.73
キャッルービー元国会議長333,6350.85
無効票409,3891.04

出所:イラン学生通信(ISNA)、2009.6.13/イラン内務省HP(6月14日付発表最終結果、6月13日(土)午後4時発表)

第11期大統領選挙

第11期大統領選挙は2013年6月14日に実施された。 内務省発表の公式選挙結果は以下のとおりである。ロウハーニー候補が総投票数の50.71%に相当する1861万3329票を獲得したことから、同師がイランの第7代大統領として就任することが決まった。内務省の発表によれば、投票率は72.7%に上った。

立候補者得票数得票率(%)
ハサン・ロウハーニ18,613,32950.71
モハンマド・バーゲル・ガーリーバーフ6,077,29216.56
サイード・ジャリーリー4,168,94611.36
モフセン・レザーイー 3,884,41210.58
 アリー・アクバル・ヴェラーヤティー2,268,753 6.18
モハンマド・ガラズィー446,0151.22

出所:イラン学生通信2013年6月15日、内務省発表の最終結果https://www.isna.ir/news/92032515237/(最終閲覧日2020年5月19日)

第12期大統領選挙

第12期大統領選挙は2017年5月19日に実施された。立候補登録者1,636人の中から、立候補資格を承認された候補者(立候補当時の肩書)は、モスタファー・ミールサリーム(元・文化・イスラーム指導相、1994-1997)、エスハーク・ジャハーンギーリー(現・第一副大統領、2013-)、ハサン・ロウハーニー(現・大統領、2013-)、エブラーヒーム・ライースィー(前・検事総長、2014-2016)、モハンマドバーゲル・ガーリーバーフ(現・テヘラン市長、2005-2017)モスタファー・ハーシェミータバー(元・副大統領、1994-2001)の6名であった。しかし、ガーリーバーフが5月15日にライースィー支持を、ジャハーンギーリーが5月16日にロウハーニー支持をそれぞれ表明し、撤退した。選挙の結果、ロウハーニーが23,636,652票で当選。2位のライースィーは15,835,794票であった。惜敗率66.99%という差でライースィーが2位落選となったが、下表のように州によってはライースィーの方が得票数が多い、僅差で敗戦となった州もあった。

 ロウハーニーライースィー惜敗率(%)
1コム219,443588,557
2南ホラーサーン159,433301,976
3ホラーサーン・ラザヴィー1,422,1101,885,838
4北ホラーサーン231,313272,697
5ザンジャーン259,981294,485
6セムナーン182,279200,658
7マルキャズィー376,905377,051
8コフギールーイェ・ヴァ・ボイラフマド183,941176,14095.76
9ハマダーン418,256383,28591.64
10ロレスターン455,277363,30079.80
11チャハールマハール・ヴァ・バフティヤーリー270,619213,60878.93
12フーゼスターン1,162,954896,18477.06
13ホルムズガーン480,743370,35977.04
14ガズヴィン395,911303,46976.65
15エスファハーン1,391,2331,038,53574.65
16イーラーム188,925133,02370.41
17ブーシェフル328,806223,27867.91
18ケルマーン242,540154,16363.56
19アルダビール412,735261,05663.25
20ファールス1,500,000900,00060.00
21ゴレスターン610,974358,10858.61
22マーザンダラーン1,256,362726,47857.82
23東アゼルバイジャン1,284,111661,62751.52
24ヤズド402,995206,51451.24
25アルボルズ832,050390,48846.93
26西アゼルバイジャン1,030,101473,78545.99
27ケルマーンシャー699,654313,89444.86
28テヘラン4,388,0121,918,11643.71
29ギーラーン1,043,285442,72842.44
30スィースターン・ヴァ・バローチェスターン878,398313,98535.75
31クルデスターン467,700155,03633.15

出所:『エッテラーアート』2017年5月24日

国会選挙

イランにおける国会選挙は、1980年3月に第1回選挙が行われて以降、定期的に4年ごとに実施されてきている。選挙区数は当初193であったものが1992年の第4期国会選挙で196に増え、2000年に実施された第6期国会選挙では定数が270から290に引き上げられるのに伴い、選挙区数も196から207に増えた。選出議員の数は、選挙区によって異なる。そのうち5議席は宗教的少数派に割り当てられている。第1~3期までは絶対過半数を獲得しなければ第1回投票では当選できないとされていたが、 第4期から3分の1以上に緩和された。

イランの国会選挙は必ずしも政党単位では戦われておらず、有権者は各選挙区に割り当てられた議席数分の候補者の名前を、投票用紙に記入することになっている(たとえばコム選挙区には3議席が割り当てられているため、コム選挙区の有権者は投票用紙に3名の候補者の名前を記入する)。各政治団体はそれぞれが「推薦候補者リスト」を作成し、有権者に配布するが、一人の候補者が複数の団体の推薦を受け、同一候補者の氏名が複数のリストに掲載される場合もある。このような理由から、選挙結果は政治団体ごとの得票数というよりは、革命初期からの大まかな対立軸である「右派」と「左派」の獲得議席数に、また、特に第6期国会選挙以降、「保守派(原理派)」系候補と「改革派」系候補の議席数を中心に、報じられることが多かった。 

第7期国会選挙

2004年2月20日に実施された第7期国会選挙では、監督者評議会が改革派系の有力議員を軒並み失格処分とし、その結果保守派勢力が圧勝した。 

2004年1月11日、監督者評議会は第7期国会議員立候補登録者8157名のうち、83名の現職議員を含む3605名を失格処分とした。これに先立つ1月3日には、内務省傘下の選挙実行委員会が、立候補登録者の「92.88%」の立候補資格を認めていたため、監督者評議会独自の判断に基づく大量失格処分には、非難の嵐が巻き起こった。 

これを受けてハーメネイー最高指導者は監督者評議会に立候補資格の再審査を命じ、その結果監督者評議会は、当初失格処分とした申請者のうち1160名の資格を承認した。しかし1回目の審査で失格とされた(改革派系)現職議員の大半は、結局立候補を認められなかった。

これに対してハーメネイー師は再び、監督者評議会に対し再審査を命じるが、最終的に立候補が認められたのは5625名であり、現職議員80名を含む約2500名は失格となった。これを受けて、12名の現職国会議員を含む888名の立候補登録者が、立候補は認められながら出馬を辞退し、選挙をボイコットすることを発表した。

2月20日の投票は、改革派の最大政党イスラーム・イラン参加戦線(IIPF)がボイコットを維持する中行われ、投票率はイラン全土で50.57%、首都テヘランでは25%と低迷した。第1回投票において投票総数の4分の1以上の獲得により確定した議席数は、保守派154議席、改革派39議席、無所属31議席であった。宗教少数派に割り当てられた5議席も確定した。 

5月7日に行われた第2回投票では、さらに57議席が確定した(第1回投票の結果を監督者評議会が承認しなかった4議席の投票は後日に持ち越された)。第2回投票では保守派が40議席、改革派が8議席を獲得し、(残りは無所属)、第7期国会において保守派勢力は「少なくとも」194議席を、改革派勢力は47議席を占めることになった。 

5月27日、第7期国会が召集された。第7期国会議長には、テヘラン選挙区で888,276票を獲得してトップ当選を果たしたハッダード・アーデルが選出された。 

第8期国会選挙

2008年3月14日、第8期国会選挙が実施された。選挙の立候補登録は1月5日に開始され、11日に締め切られた。3月9日の監督者評議会の発表によれば、立候補資格審査の結果、全7597名の立候補登録者のうち、4755人(約6割)が立候補を認められた。3月14日の投票は、朝8時に開始され、投票時間は夜11時まで延長された。 

4月6日に行われた内務省の発表によれば、第8期国会選挙の投票率は60%と、前回選挙時の51%に比べて上昇した。立候補者は合計3863名、うち308名は女性であったが、このうち第1回投票で当選が確定したのは209名(うち83名が現職、5名は女性)であった。第2回投票へは、残る81議席の2倍の人数である162名がコマを進め、4月25日には53の選挙区で、第2回投票が実施された。第2回投票の投票率は、「26%以上」と発表された。 

第8期国会選挙において、保守派(原理派)勢力は「統一戦線」なるグループを立ち上げ、ともに選挙戦を戦おうとした。しかし選挙直前になり、アフマディーネジャード大統領に対してより批判的な「包括連合」なるグループが統一戦線から離脱し、独自の候補者リストの作成をこころみた。しかし結局のところ、統一戦線リストと包括連合リストには重複も多く(第1回投票では統一戦線と包括連合の共通候補が40議席近くを獲得した)、また、包括連合と改革派のリストの間にも重複が見られた(包括連合と改革派の共通候補は第1回投票で7議席を獲得)。選挙結果の確定後、イラン国内メディアは、最終的には保守派が「200議席近く」、改革派が「45議席程度」を獲得、残りは無所属の候補が獲得したと報じた。

5月27日、第8期国会が召集され、翌28日、コムでトップ当選を果たした(239,436票を獲得)アリー・ラーリージャーニーが、国会議長に就任した。

第9期国会選挙

第9期国会選挙は、2012年3月2日に実施された。 政府の発表によれば、今回の選挙の有権者数は48,288,799名であり、全国47,665ヵ所に投票所が設置され、投票が行われた。立候補登録者数は5,395人であり、うち女性立候補者数は260人であった。現職議員290人のうち、再選を目指して立候補した議員の数は260人に上った。 

立候補登録を行った候補者のうち、内務省による立候補資格審査を通過した者は3,703人、監督者評議会による資格審査を通過した者は3,444人であった。選挙後に内務省が発表した今回の選挙の投票率は64.20%に上り、選挙区内の総投票数の4分の1以上の得票により第1回投票で確定した議席数は、全290議席中225議席に上った。 

5月4日に、3月2日に実施された第1回投票では確定しなかった65議席をめぐる決選投票が行われ、残り65議席が確定した。 

しかしその後5月28日、監督者評議会は第2回投票で確定した議席のうち2議席(イーラーム州とハマダーン州のそれぞれ1議席)に関し、選挙結果は無効であると判断した。監督者評議会は4月5日には、ラームサルとダマーヴァンド選挙区の結果を「無効」と判断しており、その結果第9期国会は、(定数の290議席より4議席少ない)286議席でスタートすることになった。 

第9期国会選挙においては、保守本流勢力により構成される「統一戦線」と、アフマディーネジャード大統領により近い(しかし大統領の腹心であるマシャーイー大統領執務室長には批判的な)「永続戦線」が別々のリストを作成し、選挙戦を戦った。選挙の結果、統一戦線リストからは126名が当選を果たし、 統一戦線が第9期国会の最大会派を構成することになった。 

第10期国会選挙

 第10期国会選挙の第1回投票は2016年2月26日に実施された。有権者数は54,915,024人であり、投票率は61.64%であった。2016年4月29日に実施された第2回投票では残り68議席が136人によって競われた。第1回投票でテヘラン選挙区30人全員が決まったのは初めてである。30人全員「希望リスト」と呼ばれるロウハーニー大統領の政策、特に2015年の核合意を支持する改革派系リストから当選した。対して、第9期の現職議員(ハッダード・アーデルを筆頭)とする保守派系のリスト30人は全員落選する結果となった。国会議長選挙では「希望リスト」の筆頭候補であったアーレフが現職の保守穏健派ラリージャニー(コム選挙区から選出)に挑んだが、ラーリージャーニーの再選に終わった。

第11期国会選挙

 第11期国会選挙の登録期間は2019年12月1日~8日であった。現国会議長のラーリージャーニー、第10期国会の改革派派閥トップであるアーレフなど有力者が登録しなかった。16,033人登録し、うち800人が立候補を取り下げ、1,300人が内務省管轄下の選挙実施委員会によって失格になった。2020年1月12日、監督者評議会の発表によると7,148人が承認された。249人の現職議員が再選を目指し立候補登録したが90人失格になった。監督者評議会のキャドホダーイー報道官によると失格の主な理由は汚職とされる。

第1回投票は2020年2月21日に実施された。テヘラン選挙区では元テヘラン市長で革命防衛隊の空軍司令官であったガーリーバーフを筆頭とする保守派系リストから30人全員が当選する結果となった。投票率は、内務省の発表ではテヘランではわずか25.4%、全国平均でも42.57%にとどまり、過去最低を記録した。第2回投票(残り11議席)はもともと2020年4月に予定されていたが、感染症の影響で2020年9月11日に延期された。

2020年5月28日に実施された国会議長選挙では、ガーリーバーフが267票中230票を獲得し、他2人の候補を寄せ付けず、圧勝した。第一副議長にアミールホセイン・ガーゼィーザーデ・ハーシェミー(9期議員)が208票、第二副議長にはアリー・ニクザード(アフマディーネジャード政権期の官僚)が196票で選ばれた。

地方評議会選挙

  地方評議会選挙は1999年2月に導入され、この選挙を通じ、4年ごとに全国の市町村の評議会メンバーが選出されている。

第3期地方評議会議選挙

2006年12月15日、第4期専門家会議選挙と同日に、第3期地方評議会選挙が実施された。この選挙ではアフマディーネジャード大統領を支持する勢力が独自の候補者リストを作成し、投票に臨んだが、思うように票を伸ばすことができなかった。たとえばテヘラン市評議会では、アフマディーネジャード大統領支持派は定数15議席のうち2議席しか確保できなかった。テヘラン市評議会では結局、「改革派」勢力が4議席を獲得し、残り8議席は「原理派大連合」(アフマディーネジャード大統領支持派以外の「保守派(原理派)」勢力)が獲得した(残り1名は無所属)。 

第4期地方評議会議選挙

地方評議会の任期は4年であり、第4期地方評議会選挙は予定では、2010年末から2011年初め頃に実施される予定であった。しかし選挙にかかる経費節減のため、第4期地方評議会選挙は第11期大統領選挙と同日に実施すべきであるという案が出され、2010年7月に、この「選挙統一法案」が承認された。これを受けて第4期地方評議会選挙は、2013年に予定される第11期大統領選挙と同時に、2013年6月14日に実施されることになった。 

専門家会議選挙

最高指導者を選出し、また、最高指導者による任務遂行が不可能になった場合にそれを見極める任務を持つ専門家会議の選挙は、1982年の第1期から2006年の第4期まで8年ごとに実施されてきた。第5期は2016年の第10期国会選挙と同日開催になった。選挙制度上、先述した3つの選挙と大きく異なるのは立候補資格である。ムジュタヒド(イジュテハードとよばれるイスラーム法解釈などができる能力と資格を持つ者)レベルのイスラーム法学者に限定される(第3条)。また大統領、官僚、国会議員、司法関係ポストに就く者の立候補規制もない。

 実施日有権者数投票総数投票率議席数
第1期1982.12.10232777811801306177.3882
第2期1990.10.8312800841160261337.0983
第3期1998.10.23385505971785786946.3286
第4期2006.12.154654924228,321,27060.8486
第5期2016.2.2654,915,02433,480,54860.9788

出所:イラン内務省 

第4期専門家会議選挙

2006年12月15日、第4期専門家会議選挙が実施された。この選挙には493名が立候補登録を行ったが、監督者評議会による、筆記試験(イスラーム法学)を含む資格審査の結果、最終的には166名が、立候補資格を認められた。 

この選挙の有権者数は4654万9242名であり、投票率は66%に上った。選挙の結果、「協会」リスト(テヘラン闘う聖職者協会とコム神学校教師協会の合同リスト)の推薦者が、全86議席中67議席を占めた。キャッルービー前国会議長が設立した国民信頼党の推薦を受けた候補は10名が当選し、「協会」と「国民信頼党」の双方から推薦を受けた候補は32名が当選した。

今回の選挙で最も多くの票を獲得したのは、2005年6月の大統領選挙ではアフマディーネジャード候補に大差で敗れたラフサンジャーニー体制利益判別評議会議長であった。ラフサンジャーニー師はテヘラン選挙区で156万票を獲得し、トップ当選を果たした(2位で当選したメシュキーニー師の得票数は84万票であった)。 

第5期専門家会議選挙

2016年2月26日、第10期国会選挙と同日に開催された。801人の立候補登録者の中から166人が承認された。過去の選挙でも競争倍率は定数に対して約2倍と低い。また、定数と同じ人数しか残らない選挙区(州)もあるので競争性は低い。2016年は、西アゼルバイジャン(3議席)、アルダビール(2議席)、ブーシェフル(1議席)、北ホラーサーン(1議席)、セムナーン(1議席)、ホルムズガーン(1議席)がそれに該当する。失格者の中には初代最高指導者ホメイニー師の孫アフマド・ホメイニーも含まれていた。

選挙の結果、88議席中「テヘラン闘う聖職者協会」と「コム神学校教師協会」の合同リストの推薦者が64議席を占めた。現職大統領であるロウハーニーはテヘラン州から再選した(16議席中3位当選)。2017年の第11期大統領選挙に立候補したライースィーは南ホラーサーン州から圧倒的多数で再選した(得票率75%)。

<注>

本稿は、坂梨祥「イラン・イスラーム共和国」松本弘編『中東・イスラーム諸国 民主化ハンドブック2014 第1巻 中東編』人間文化研究機構「イスラーム地域研究」東京大学拠点, 2015, pp. 37-54. を最新のデータに更新したものである。

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2019年11月18日

インドネシア/選挙

国会議員選挙

インドネシアは独立以降(独立宣言1945年、(独立戦争の終結1949年)、1955、1971、1977、1982、1987、1992、1997、1999、2004、2009、2014、2019年と12度の総選挙を行った。このうちスカルノ初代大統領下の1955年は比較的自由な選挙であったが、スハルト大統領下における71年から97年までの6度の総選挙には政府による厳しい統制と介入があった。1973年にナショナリスト系諸政党がインドネシア民主党、イスラーム系諸政党が開発統一党に統合された(政党簡素化)。翼賛的なゴルカル(職能団体)がつねに60%以上の得票をし、独占的な立場にあった。

スハルト体制崩壊後に行われた1999年以降の総選挙においては、より民主的な手続きがとられるようになった。総選挙では、下院に当たる国会(DPR)と上院に当たる地方代表議会(DPD)、地方議会(州・県・市議会)選挙も同時に行われる。選挙のたびに細かな制度変更が行われており、国会の定数は500から、550、560、575へと増加した。選挙制度は、1955年の第1回総選挙以来つねに比例代表制が採用されてきたが、完全拘束名簿式、条件付非拘束名簿式と変わり、2009年総選挙では完全な非拘束名簿が導入された。非拘束名簿の採用によって、政党より候補者個人の人気に選挙の結果が左右される傾向が強まった。なお、この制度導入に当たっては、一時は国会が実質的な拘束名簿の採用を決めたが、憲法裁判所がこれを違憲とした経緯があった。

1999年総選挙以降、多党化の傾向が続いており、2014年選挙では議会獲得のための最低得票率が1%引き上げられて3.5%に、2019年選挙では4%に引き上げられた。政党数を削減による、議会運営の安定化を意図したものであった。しかしその効果は薄く、第1党でも得票率および議席占有率が2割を切る状態が続いている。その背景には、政党の支持基盤や組織の弱さ、政党不信から、支持政党を持たない有権者が増え続けている状況がある。このため、政党の分裂と新党結成が常態化している。

政党名( * がイスラーム系政党)1999年2004 年2009 年2014 年2019 年
闘争民主党 (PDI-P)33.7%153議席18.6%109議席14%94議席19%109議席19.3%128議席
グリンドラ党4.5%26議席11.8%73議席12.6%78議席
ゴルカル党22.4%120議席21.6%127議席14.5%106議席14.8%91議席12.3%85議席
民族覚醒党 (PKB) *12.6%51議席10.6%52議席4.9%28議席9%47議席9.7%58議席
国民民主党 (Nasdem)6.7%35議席9.1%59議席
福祉正義党 (PKS) *1.4%7議席7.3%45議席7.9%57議席6.8%40議席8.2%50議席
民主主義者党 (PD)7.5%56議席20.9%148議席10.2%61議席7.8%54議席
国民信託党 (PAN) *7.1%34議席6.4%53議席6%46議席7.6%49議席6.8%44議席
開発統一党 (PPP) *10.7%58議席8.1%58議席5.3%38議席6.5%39議席4.5%19議席
ハヌラ党3.8%17議席5.3%16議席1.5%
イスラーム系政党合計36.5%38.4%29.1%31.4%30.0%

2019年総選挙の得票率順。記載政党は、2014年選挙の結果議席を獲得した政党のみ。*はイスラーム系政党(著者作成)

大統領選挙

大統領は従来国民協議会で選出されていたが、2004年から全国1区の直接投票となり、国会議員選挙と同時に行われるようになった。政党の支持を得た正副大統領のペアで立候補し、過半数票と全国の州の半分以上で20%以上の票を得られれば当選となる。この要件を満たす候補者がいなければ、上位2組で決選投票が行われる。候補者の擁立ができるのは国会議員選挙の得票率25%以上もしくは国会議席の20%以上を得た単独もしくは複数の政党である。この要件を単独の政党が満たすことは極めて難しく、大統領と国会の関係を安定化させるために、政党間の協力を促すことを意図している。

2004年選挙では5組が立候補し、上位2組による決選投票の結果スシロ・バンバン・ユドヨノ―ユスフ・カラ組が当選した。2009年選挙では3組が立候補し、スシロ・バンバン・ユドヨノ―ブディオノ組が第1回目の投票で過半数を占めて当選した。「継続」をキーワードに再選に挑んだユドヨノが負けたのはわずか5州、得票は60%を超える圧勝だった。2014年選挙はジョコウィ―ユスフ・カラ、プラボウォ・スビアント―ハッタ・ラジャサの2組で争われ、かつてない大接戦のうえ、53.15%を獲得したジョコウィ組が勝利した。ユスフ・カラは二度目の副大統領就任となった。2019年選挙は再びジョコウィとプラボウォの一騎打ち(副大統領候補はそれぞれマアルフ・アミン、サンディアガ・ウノ)となり、ジョコ・ウィドドが55.5%を獲得して再選された(「最近の政治変化」参照)。

参考文献

  • 川村晃一「2014年選挙の制度と管理」川村晃一編『新興民主主義国インドネシア―ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生―』アジア経済研究所、2015年、15-36ページ。
  • 川村晃一・東方孝之「国会議員選挙―民主主義者党の勝利と業績投票の出現―」、本名純・川村晃一編『2009年インドネシアの選挙―ユドヨノ再選の背景と第2期政権の展望―』アジア経済研究所、2010年、13-37ページ。
  • 川村晃一・見市建「大統領選挙―庶民派対エリートの大激戦―」川村晃一編『新興民主主義国インドネシア―ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生―』アジア経済研究所、2015年、73-93ページ。
  • 本名純「大統領選挙―ユドヨノ再選の権力政治と動員プロジェクト―」、本名純・川村晃一編『2009年インドネシアの選挙―ユドヨノ再選の背景と第2期政権の展望―』アジア経済研究所、2010年、39-55ページ。
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2019年10月7日

リビア/選挙

「国民議会」選挙(2012年7月)

2011年10月20日のムアンマル・カッザーフィー(カダフィ)殺害後、反体制派勢力である国民暫定評議会のムスタファー・アブドルジャリール議長は10月23日に「リビア全土の解放」を宣言した。「憲法宣言」第30条には、リビアの解放(カッザーフィー政権の崩壊)宣言後、国民暫定評議会は移行政府として再編成され、3ヶ月以内に①国民議会選挙のための法案整備、②高等選挙委員会の任命、③国民議会選挙への呼びかけを行うことが定められていた。また、リビアの解放後8ヶ月以内に国政選挙を行い、それから1年以内に議会と大統領選挙を実施すると定められていた。

2012年7月7日、国民議会選挙が実施された。定数の200議席のうち80議席が政党別に選出される比例代表方式、残りの120議席が個人選出方式に割り当てられた。人口比などに基づき、国内主要3地域の議席配分は、首都トリポリを含めた西部100、東部60、南部40と定められた。女性や少数民族向けの議席割り当て(クォータ)はなかった。

選挙では、142の政党から合計で約3,700人(個人候補者約2,500人、比例代表候補者約1,200人)が立候補し、女性候補者も600人を超えた。選挙委員会の発表によれば、投票率は約60%(投票者170万人/登録有権者約280万人)という結果となった。

しかし、議席配分に不満をもつ東部地域では、連邦化や東部の自治権向上を主張する勢力がボイコットを呼びかけた。放火されたり、脅迫により閉鎖されたりした投票所もあった。

議席を獲得した政党は以下の通りである。

  • 国民勢力連合:39 議席(得票率 48.8%)
  • 公正発展党(ムスリム同胞団系):17 議席(21.3%)
  • 国民戦線党:3 議席(3.8%)
  • 民主主義と開発のための Wadi Al-Hayah 党:2 議席(2.5%)
  • 祖国のための連盟:2 議席(2.5%)
  • 国民中道潮流:2 議席(2.5%)
  • その他:15 議席(18.8%)

「憲法起草委員会」選挙(2014年2月)

2014年2月20日、憲法起草委員会(Constitutional Drafting Assembly)の選挙が実施された。「憲法宣言」では国民議会が60人の憲法起草委員を任命すると定められていたが、2012年7月の国民会議選挙の直前に、国民暫定評議会が同宣言を修正し、憲法起草委員会を国民投票によって選出すると決定した。そして、2013年4月に国民議会が同委員会の選挙の実施を決議した。

「60人委員会」とも呼ばれる憲法起草委員会の60議席は西部、東部、南部の3地域に各20席に振り分けられ、そのうち女性に6議席、少数民族(ベルベル、トゥアレグ、トゥーブ)に2議席ずつが割り当てられた。国民議会議員、国民暫定評議会議員、カッザーフィー政権の幹部、軍人、過去に有罪判決を受けた者には立候補資格は与えられなかった。すべての議席は個人選出方式に割り当てられた。

定員60名に対して立候補は649人(うち女性64人、少数民族20人)であった。選挙日が公式に発表されたのは2014年1月下旬(選挙日の約3週間)であり、有権者が候補者に関する情報を得る機会は限定的であったとの指摘もある。さらに、ベルベル(アマージグ)とトゥーブの人々が、少数民族向けの議席割当(2席ずつ)は過小であり、憲法にマイノリティの権利が反映されないとして本選挙をボイコットした。治安の悪化や地元住民の反発により、1,496の投票所のうち115ヶ所では投票が実施されなかった(このうち一部では再選挙が実施された模様である)。

結果として、有権者登録は約110万人、そのうちの投票率は約46%(投票者約50万人/登録有権者約110万人)にとどまった。60議席のうち13議席は空席となった。

「代表議会」選挙(2014年6月)

2014年6月25日、代表議会選挙が実施された。国民議会選挙とは異なり、定数の200議席のすべてが個人選出方式に割り当てられた。これは、選挙運動が暴力化や政党間の抗争を防ぐためだとされる。32議席は女性に割り当てられた。

選挙では、1,714人(男性1,562人、女性152人)が立候補した。ただし、カッザーフィー政権の元職員が公職に就くことを禁止する「政治的隔離法」にもとづき、41人の候補者は資格をはく奪された。

国民議会の機能不全やリビア全土での治安悪化などを受けて、政治に対する国民の信頼は低下しており、有権者登録数は約151万人、投票率は42%(投票者63万人/登録有権者約151万人)という結果となった。2012年の国民議会選挙と比較すると、投票者は約110万人、登録有権者は約130万人減少した。投票所の閉鎖や候補者の不在といった理由から12の議席は埋まらなかったが、再選挙は実施されなかった。

あくまで暫定的立法府であった国民議会とは異なり、代表議会は正式な立法府と位置付けられた。しかし、代表議会の発足をもって解散する予定であった国民議会の一部の議員が、代表議会の設立手続きが違法であるとして国民議会の存続を主張し、独自の内閣である「国民救済政府(National Salvation Government)」を形成した。ここにおいて、リビアに2つの政府が並存する事態が発生した。国民議会(在トリポリ)と代表議会(在トブルク)の対立は全国に拡大し、リビア国内の治安悪化やジハード主義組織の伸長につながった。

次期大統領・議会選挙に向けて

次期の大統領・議会選挙に向けた有権者登録は、高等選挙委員会(Libya High National Elections Commission)によって2017年12月6日に開始され、2018年3月31日に締め切られた。同委員会によれば、締め切り時点での登録者は在外も含めて243万4,654人であり、有権者全体の53.3%に当たる。選挙に向けて、リビア国内に1,912の選挙事務所と7,000の投票所を設置される予定である。選挙は2019年中に行われる予定であったが、4月からのトリポリ周辺での衝突を受けて、実現は危ぶまれている。

2019年9月時点で大統領選への出馬を表明している者は少数である。2018年3月、元UAE大使のアーリフ・ナイードが、大統領選への立候補を表明した。ナイードは1990年代後半からリビア通信公社に勤務し、現在はヨルダンに拠点を置くテレビ局を経営している。彼はエジプトとUAEから支援を受けているとされ、またハフタル支持を公言している。

また同月、カッザーフィーの次男であるサイフ・イスラームが、「リビア解放人民戦線(Popular Front for the Liberation of Libya)」という団体を通じて出馬を発表した。ただし、サイフ・イスラーム自身は2017年に釈放が発表されてから一度も公の場に姿を見せておらず、チュニジアで行われた今回の出馬表明の場にも現れなかった。

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2019年9月30日

ヨルダン/選挙

下院議員は18歳以上の男女による普通投票で選ばれる。下院は定数130議席、うち15議席は女性議席、12議席は宗派・マイノリティ議席(任期4年)からなる。被選挙権は30歳以上の国民であることが条件となる。

アブドゥッラー2世は、政治システムの包括的な検証を行い、政党指導者や法律家やジャーナリスト、政治家を集めて国民対話委員会を作った。しかし、委員会の提言に基づく2012年の選挙法は、SNTV方式の投票に部分的にメスを入れ、150議席中27議席に比例代表に基づく全国区の「政党枠」を導入し、地方選挙区については1人区でSNTVによる投票が残されたので、SNTVの完全廃止を求める有権者からの評価は厳しかった。反対派からはせめて政党枠を全議席の50%にするべきであるとの声もあった。2016年の改正においては、SNTVが廃止され、1989年の選挙に近い形で、有権者は選挙区の候補者の数だけ投票することが可能になった。また、政党政治の観点からは、SNTVの場合には投票者が血縁や部族関係を優先して投票したのに対して、連記制への変更によって、2票目を支持する政党に投票することが可能になることで政党が有利になる。さらに、政党に所属する候補者も無所属の候補者も、選挙リストから立候補することが義務付けられた。そのため選挙リスト形成のプロセスで政治的議論が展開された。(EU選挙監視団の報告)

選挙区は2013年の45選挙区から25選挙区に縮小された。アンマン(5選挙区)、ザルカ(4選挙区)、イルビド(2選挙区)の都市部を除いて、すべての行政区で選挙区は1つになった。ただし、選挙区の再編(45から23への縮小および議席配分の変更)に関しては、人口・地理・発展状況などをめぐる具体的な根拠があいまいであり(EU選挙監視団の報告)、これまでも指摘されてきた都市部と地方の表の格差は依然として存在している(議員比率の偏り、参照)。概して都市部にはパレスチナ系やムスリム同胞団系の支持者が多く、地方(特に南部)住民は保守系の体制派が多いとされる。このため、制度的に南部の地方への議席配分は体制側に有利なものになっているとの批判があった。この批判の論拠についてのさらに厳密な議論は必要であるが、都市部と地方の票の格差は依然として存在していることは事実である。

議員比率の偏り

選挙区名総有権者に対する有権者比率総議員定数に対する議員比率
アンマン2区9.71 %5.20 %
ザルカ1区10.92 %6.90 %
カラク4.05 %8.60 %
マアン1.43 %8.60 %

その他の注目点としては、承認された選挙リストは申請230リスト中、226であった。申請却下の主な理由としては、リストの定員割れによる却下である。選挙リストについては、政党が主導して構成したものとして、IAFによるリストの形成があげられる。IAFは、20の選挙区において「改革のための国民連合」という選挙リストを形成し、候補者を擁立する。これらのリストには、他の政党や部族のメンバーも含まれ、さらにキリスト教徒枠で立候補する5人、チェルケス人枠で立候補する4人も含まれ、女性枠の19人も含まれる。投票日の10日前に選挙委員会が公示したデータによると、最大の選挙リストが登録されたのはアンマン第一選挙区の14リストであり、最小がアジュルン選挙区の6リストであった。

女性の立候補率に関しては、1,252人の候補者中252人が立候補し、これは2013年の17%を上回る20%となった。政党からの立候補は、40公認政党から215人に達し、これは17%に達した。2016年の選挙の結果、女性の当選者は20名(女性枠以外からの5名を含む)であり、これは2013年の女性当選者18名(議員中12%)に比べ全議員の15%と若干増加した。

全体の投票率は37%にとどまった。自動登録により登録者が増えたが海外在住者の投票が認められなかったことが大きく影響したものと考えられる。

2016年第18期総選挙 選挙区と議席配分・候補者数

行政区など選挙区立候補一般議席チェルケスクリスチャン女性枠合計
アンマン53562521129
イルビド42091801120
ザルカ21371011113
バルカ1110802111
カラク189802111
マアン12740015
マフラク13240015
タフィーラ14040015
マダバ14830115
ジェラシ14040015
アジュルン12830115
アカバ13130014
北部ベドウィン13030014
中部ベドウィン14530014
南部ベドウィン13130014
合計231,2521033915130

投票率

20032007201020132016
58.6%57.1%53%56.6%37%

当選者の政治的傾向

議会実施年左派保守イスラーム主義合計
第2期1950142640
第3期1951182240
第4期1954332540
第5期19561520540
第11期1989582280
第12期19937561780
第13期1997769480
第14期200328517110 (6)
第15期2007098110(6)
第16期201011031120(12)
第17期2013 013317150(15)
第18期20162106[18]22130(15)

注)合計の( )は女性枠、[ ]は保守系政党からの当選者。

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2019年1月18日

バングラデシュ/選挙

(1)選挙制度

バングラデシュでは、定数300名および女性留保議席50名の計350名によって構成される、5年任期の一院制議会制度がとられている。女性留保議席は普通選挙の得票率にしたがって政党ごとに割り当てられる。選挙にあたっては小選挙区制を採用し、各選挙区からひとりずつ議員が選出される。選挙権は18歳以上のバングラデシュ国籍をもつ者、もしくは法的居住者と認められる者に与えられるが、心身衰弱者、および独立戦争時にパキスタンに協力したとして訴訟された者は除外される。被選挙権は25才以上のバングラデシュ国籍をもつ者に与えられ、心身衰弱者、および二年以上の懲役刑を受けた者で釈放から5年以内の者、独立戦争時にパキスタンに協力したとして訴訟された者は除外される。

(2)2018年国民議会選挙

1991年の民主化以降、アワミ連盟とBNPが交互に政権を担ってきた。そして、政権が交代する度に、野党側が「不正選挙」結果の取り消しを要求し、都市部の暴力団や政党傘下の学生組織を動員して激しい抗議活動を展開してきた。与党側も政策決定過程において実質的に野党を排除し、前政権の汚職の摘発や要職者の逮捕などを通じて、野党の力を弱めようと画策した。二大政党のどちらが政権の座についても、同様のパターンが繰り返されており、今日までバングラデシュの政情混迷の要因となっている。バングラデシュは小選挙区制を採用しているため、両者の獲得議席数で大差がついていたとしても、得票率では拮抗してきた経緯がある(表)。そのため、二大政党のどちらが政権をとっても、野党勢力による支持者を大規模に動員した抗議運動や政治活動が可能となる。

2018年12月30日に実施された国民議会選挙(以下、総選挙)は、電子投票の一部導入やSNSでの選挙活動など、政府の「デジタル・バングラデシュ」政策を反映させる新たな動きが見られたものの、一方で与党側の強権的な姿勢や、与野党の候補者に対する襲撃事件、投票所の一時閉鎖や票の水増しなどが報道されたことから、選挙の正当性に国内外より疑問符がつけられた。

総選挙では、各党に比例配分される女性留保枠50を除く小選挙区300議席が争われ、ALを中心とした与党連合が有効とされた298議席中288議席を獲得し、圧倒的多数派となった。ALは単独で全議席の86%となる257議席を獲得し、ハシナ政権は連続3期目を迎えた。

ALは過去の選挙戦において世俗主義を前面に出す傾向がみられたが、今回の選挙ではイスラーム政治団体15団体からなるイスラーム民主同盟(Islamic Democratic Alliance)の設立を画策し、ALを含む与党連合に対する支持を取り付けた。ハシナ首相は選挙戦を通じて、宗教色の強い非正規イスラーム教育機関であるコウミ・マドラサの教育委員会による大規模集会に参加するなど、イスラーム主義政党と共闘関係にあり、イスラーム保守層を票田に抱えるBNPに対抗する姿勢をみせた。

一方で、贈賄の容疑で逮捕されたカレダ・ジア総裁の保釈を求める最大野党BNPは、中立性が担保されていないとして5年前の前回総選挙同様に選挙をボイコットする姿勢をみせたが、国会に議席がないことによる党のさらなる弱体化を避けるため、野党連合として設立された国民統一戦線(Jotiya Oikya Front:JOF)から候補者を擁立した。しかし、JOFは「公正な政治の実現」を前面に押し出すものの、反ALということ以外に政策的共通性はみられず、また独立戦争時の戦争犯罪に加担したイスラーム主義政党ジャマアテ・イスラーミー(イスラーム協会:JI)と共闘するBNPの加入を否定的にとらえる政党も少なくなかったことから最後まで足並みがそろわず、わずか7議席を獲得するにとどまり、BNPの国政復帰は厳しい船出となった。

(3)非政党選挙管理内閣制度の廃止

2014年の国会総選挙において、BNPをはじめとする野党が選挙をボイコットした背景には、アワミ連盟主導政権による非政党選挙管理内閣制度(以下、選管内閣制度)の廃止がある。選管内閣制度は、96年の憲法改正で正式に導入された制度で、与野党どちらの側にも与しない中立的な立場の暫定内閣を組閣することによって選挙の公正性を担保することを目的としている。同制度下においては、公正な選挙を実施するため、直近に退職した最高裁判所長官を長とする諮問委員会が、暫定選挙管理内閣として政権を引き継ぎ、90日以内に総選挙を実施する。同制度が導入された背景には、1986年の選挙において、当時のエルシャド政権による選挙工作があり、政権側による投票の恣意的な操作があり得ることが政党間および国民の間でコンセンサスとなっていたことがある。同制度のもとではこれまでに3回の総選挙が実施されたが、すべての選挙で与野党逆転という結果を残してきた。選管内閣の下では、それまでの政権与党のマイナスイメージが強調される傾向があることから、一般的に同制度は与党の側に不利に働くと考えられている。

91年の民主化以降初の2期連続の政権党を目指したアワミ連盟は、選挙をできる限り有利に進めるために、2011年の第15次憲法改正で同制度を廃止し、政権党である同党の指揮のもとに2014年の総選挙を実施する手はずを整えた。これに対してBNPをはじめとする野党は、これまで通り政党政治家によらない中立な選管内閣の下で選挙が実施されない限り総選挙には参加しないとの声明をだすと同時に、国会をボイコットし、全国的な抗議デモであるホルタルを実施した。一部の抗議集会やデモ行進は暴徒化し、警官隊との衝突により多数の死傷者がでる事態となった。また選挙前後には手製爆弾が使用されるなど、その暴力性がエスカレートし、国内の治安情勢は悪化した。

(4)地方選挙制度

地方行政機構として、7つの地方管区(Division) 、64の県(District:ベンガル語ではジェラ) 、487 の郡(Upazira:ウポジラ)、4546 のユニオン(Union)に行政区画されている。中央政府より各地方に対し地方行政長官(Divisional Commissioner)が配置され、各県には県行政長官(Deputy Commissioner)が、各郡に対しては郡行政官(Upazila Executive Officer) が派遣されている。県レベルにおいては行政長官が地方行政の実質的な責任者となっている。上記行政区画のうち、以前から選挙による首長及び議員の選出が実施されていたのはユニオンのみである。2008年からはウポジラにおいても選挙により首長が選ばれるようになったが、議会は存在しない。また、県レベルにおいては民選の首長システムは存在しない。

ユニオン議会システムはイギリス統治時代のザミンダール制度の名残で、ザミンダールの持っていた徴税権がユニオン・チェアマンに移された事にその歴史的背景を有する。多くの地方でユニオン・チェアマンはザミンダールの子孫が選出されていた。ユニオン議会では当該地域が9つの選挙区に区分され、それぞれの選挙区からひとりずつ議員が選出される。また、女性留保議席が別途3議席あり、9つの選挙区を3つずつ合わせた選挙区で選出される。ウポジラ選挙においては、議長1人、副議長1人、女性副議長1人が投票により選出される。

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2019年1月18日

マレーシア/選挙

(1) 選挙制度の内容とその実際の運用状況および問題点

マレーシアの選挙制度はイギリスから引き継いだ小選挙区制(First-Past-The-Post:FPTP)である。選挙権は21歳以上の国民に与えられ(119条)、連邦下院議会の被選挙権は21歳以上(47条)である。また、非選挙部分の連邦上院議員の選出年齢は30歳である(47条)。選挙を実施する主体である選挙管理委員会は憲法に規定された独立委員会であり、統治者会議での相談の後、国王によって任命され、議長、副議長と5人のメンバーで構成される(114条1項)。 現在のところ、選挙は連邦下院議会選挙と州議会選挙からなっており、サラワク州を除くマレー半島とサバ州では基本的に連邦と州の選挙が同時に行われている。近年のサラワク州議会選挙は、連邦下院議会選挙とは異なる日程で行われている。州元首の同意の下で、州首相が連邦下院と異なる日程で州議会を解散して州選挙を実施することは可能である。1960年代までは州の下位の自治体レベルでも選挙が行われ、野党が多数議席を占める議会も見られたが、当時のインドネシアとのボルネオの領土をめぐる対立が深まる中で非常時を理由に自治体選挙が停止され、以来、自治体の選挙は行われていない。

2013年総選挙では当時は野党の政党連合であったPRが得票率で与党連合のBNを上回ったが(BN47%、PR51%)、BNが連邦下院議席の議席数でPRを44議席上回って過半数を確保した。この得票率と実際の議席数とのギャップを生み出した要因として挙げられるのが、死票を多く生む小選挙区制による本来の制度的要因と、その要因を拡大させている「一票の格差」の問題である。特に後者の「一票の格差」の問題は2013年総選挙の時から大きな注目を集めるようになり、2018年総選挙でもその問題が浮き彫りになっていた。

「一票の格差」の問題について、2018年総選挙での極端な例を挙げよう。サラワク州のイガン選挙区では登録有権者数が1万9592人で、勝利した国民戦線候補者の得票数は1万538票である。これに対し、首都クアラルンプールを取り囲む人口密集地のスランゴール州のバンギ選挙区では登録有権者数が17万8790人で当選した希望連盟候補者の得票数が10万2557票である。サラワク州と首都圏の1票の格差は最大でおよそ8倍から9倍の格差がある。ここまで極端ではなくとも、国民戦線に批判的な有権者の多い人口密集地の首都圏やペナン州など都市部の票がこれまで過少代表されてきた一方で、サバ州、サラワク州およびマレー半島の村落部に位置する地方の選挙区が過大代表されている問題がある。2018年に至るまでBN体制の長期継続を支えてきた重要な要因がこの選挙区での「一票の格差」にあったことは間違いない。

「一票の格差」に代表されるような選挙制度上の不備や不公平性の問題は2000年代に入って重要なアジェンダとして浮上していった。野党やNGOによって選挙における二重投票や郵政投票での不正、選挙期間中の主流メディアの偏向報道など選挙の公平性に関わる問題に対して社会運動を通じて争点化する動きがアブドゥラ政権末期から本格化した。そうした選挙制度の改革運動を主導したのが、清廉で公平な選挙のための同盟(Bersih)、通称、ブルシ運動である。ブルシ運動は、これまで2007年11月、2011年7月、2012年4月、2015年8月、2016年11月の5度にわたって首都で大規模なデモ行進を行った。特に後半の2度のデモでは首都だけでなく、国内外の都市で在外マレーシア人も含めたデモが起こっている。こうしたデモ活動以外にも、ブルシ運動は選挙管理委員会との対話、一般市民に対するワークショップを通じた啓蒙活動など積極的な活動を行ってきた。

ブルシ運動で重要なのは、リーダーシップの変化である。ブルシ運動が2006年に設立された当初は、NGOは参加したものの野党が主導する運動であった。しかし、2010年に再結成されたとき、NGOが主導する運動となることで、指導部からは意図的に野党指導者が排された。これにより、ブルシ運動は運動外には非党派の国民運動としてのアピールを強めることとなった。

ブルシ運動は2008年、2013年、2018年の総選挙の動向に影響を与えている。特に、選挙管理委員会による、ずさんな投票人名簿の管理が一部の研究者や野党によってデータに基づいて提示され、その対応に選挙管理委員会や政府が十分に乗り出すことができなかったために、都市部の住民を中心に不満が高まっていった。また、ブルシ運動は、選挙制度改革運動の看板を掲げているが、選挙管理委員会と政府に求めた8大要求の中には、自由で公正なメディア、選挙管理委員会や反汚職委員会の強化、汚職の根絶などが含まれており、選挙制度改革という特定のアジェンダを越えてBN体制に対する一般の不満を組織化したということができる。こうしたブルシ運動によって表出されたBN体制への不満は、野党による総選挙での重要な争点となるとともに、(野党自身がブルシ運動の重要な構成団体であることもあって)野党自身の活性化にもつながった。さらに、ブルシ運動から派生した運動として、在外マレーシア人に帰国して投票を呼びかける運動(Jom Balik Undi)や、投票所での選挙監視運動が活発になった。

(2) 直近の国政選挙-第14回総選挙(2018年5月9日投票)

直近の国政選挙は2018年5月に実施された第14回総選挙である。この選挙によってマレーシア史上初の政権交代が起こった。選挙結果はPHが過半数の112議席を1議席上回る113議席を獲得する一方で、BNは79議席と前回選挙よりも54議席を一気に減らして政権から転落した。BNとPH以外にもこの2大政党連合の間でキャスティングボードを握ろうとしたPASが前回選挙時の議席から3議席を減らしたものの18議席を獲得した。さらに、元農村地域開発大臣でUMNOから離党したシャフィ・アプダルが新たに設立したサバの地域政党であるサバ伝統党(WARISAN)が8議席を獲得し、独立候補も3人が当選した。各政党連合および各党の得票率はPHが45.6%、BNが33.8、PASが16.9%、WARISANが2.3%であった。

2018年連邦下院議会選挙の結果
政党名(連合名) 獲得議席数 前回2013年総選挙議席
希望連盟(PH) 113
人民公正党(PKR) 47 30
民主行動党(DAP) 42 38
マレーシア統一プリブミ党(PPBM) 13
国民信託党(AMANAH) 11
サバ伝統党(WARISAN) 8
国民戦線(BN) 79 133
統一マレー人国民組織(UMNO) 54 88
マレーシア華人協会(MCA) 1 7
マレーシア・インド人会議(MIC) 2 4
マレーシア人民運動(Gerakan) 0 1
人民進歩党(myPPP) 0 0
サラワク統一ブミプトラ・プサカ党(PBB) 13 14
サラワク人民党(PRS) 3 6
民主進歩党(PDP)(1) 2 4
サラワク統一人民党(SUPP) 1 1
サバ統一党(PBS) 1 4
パソモモグン・カダザンドゥスン・ムルット統一組織(UPKO) 1 3
サバ人民統一党(PBRS) 1 1
自由民主党(LDP) 0 0
平穏構想(Gagasan Sejahtera) 18
汎マレーシア・イスラーム党(PAS) 18 21
マレーシア国民連合党(IKATAN) 0
汎マレーシア・イスラーム戦線(BERJASA) 0
故郷連帯党(STAR) 1
独立系候補 3 0
合計 222 222

連邦下院選挙と12州で州選挙も同時に行われた。マレー半島をみれば、PHがクダ州、ペナン州、ペラ州、スランゴール州、ヌグリスンビラン州、マラッカ州、ジョホール州の7州の州政権、BNがプルリス州とパハン州の2州の州政権、PASがクランタン州とトレンガヌ州の2州の州政権を獲得した。サバ州では選挙後にBNとWARISAN(およびWARISANと共闘するPH)の間で州政権をめぐって混乱があったものの、BNから6人の州議員が離党してWARISANに入党したためにWARISAN主導の州政権が成立した。サラワク州は州議会選挙が2018年総選挙と同時に実施されず(前回のサラワク州議会選挙は2016年に実施された)、BNを構成するサラワクの地方政党4党(PBB、PRS、PDP、SUPP)が州政権を確保していたが、2018年総選挙後にこの4党はBNを離脱して新しいサラワクの地方政党連合であるサラワク政党連合(GPS)を結成した。

2018年総選挙をめぐって研究者、世論調査機関、メディアの事前予想ではBNが政権を維持するとの声が大多数だった。1MDBスキャンダルを筆頭にナジブ首相やBN体制の問題が浮上して政権批判は高まっていたものの、野党間の分裂が引き起こす3党競合、総選挙直前に実施されたBNに有利な新選挙区割りの導入、投票日が休日の週末ではなく水曜日に設定されたこと、といった要因によってPHがBNに勝利するのは難しいと考えられていた。

野党間の分裂については、主にマレー半島の選挙区で与党のBNに対して、野党のPHとPASが挑戦する構図で3党が競合する状況で与党への批判票が分裂して、結果的に与党を有利にするとみられていた。しかし、選挙結果をみれば野党間での票の分散の効果を上回るほど与党への批判が強かったとみられる。その一方で、PHは2008年総選挙以降のトレンドを継続して非マレー人票の大多数を確保しつつ、マレー人票がBN、PHとPASとの3勢力間で分裂した中で少なくとも3分の1程度のマレー人票をPHが確保したことが政権交代につながったとする指摘がなされている。選挙直前の3月末に連邦下院で採決されて導入された新選挙区割りについては、野党や市民社会組織からBNに有利なゲリマンダリング選挙区であるとの批判が強かった。また、前回2013年および前々回の2008年総選挙では投票日が週末であったが、2018年総選挙では選挙管理員会が水曜日を投票日とした。2013年総選挙の投票率は84.8%で非常に高かったが、2018年総選挙では水曜日が投票日となったことで投票率低下が懸念された。しかし、実際の投票率は82.3%と2013年総選挙には及ばないものの、依然として高い投票率を記録した。

2018年総選挙で重要な焦点となったのは、生活コストの上昇や現役首相も関与したとされる政治的スキャンダルであったが、マハティール首相に率いられたPHは一般国民の不満の声をうまくすくい上げて政権交代につなげたといえよう。

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2019年1月18日

モロッコ/選挙

(1) 選挙制度

2011年憲法でもモロッコは二院制を維持している(憲法60条)。下院を構成する395名の議員は、直接普通選挙で選ばれ、任期は5年間である(旧憲法でも5年間)。上院議員は、間接選挙で選出され、任期は6年間である(旧憲法では9年間)。現在の上院は、旧憲法下での間接選挙によって選ばれた270名の議員で構成される。2011年憲法では、上院議員の定数が最低90名最高120名と改められた。そのうちの5分の3の議員は、地方議会議員で構成される集団によって、地域ごとに選出される。5分の2の議員は、職能組合(産業、農業、工芸、商業、サービス業、漁業)の代表の集団と給与所得者の代表で構成される集団によって、地域ごとに選出される。

国会の会期は通常2期(10月および4月の第2金曜日に開始)(憲法第65条)で、特別国会の開催には、勅令、下院の3分の1の議員の要請、上院の過半数の議員の要請のいずれかが必要である。(憲法第66条)。

国会は公開で、上下院とも内規を定めており、内規の合憲性については憲法評議会が監督している。下院議長は、会期の初めと3年目の4月会期に選出される。上院議長は、10月会期の初めと改選の際に選出される。

すべての法案は、上下院で審議される。下院は、内閣不信任動議を提出することができる。この動議の提出には、下院の少なくとも4分の1の議員による署名が必要である。またこの動議の可決には、下院議員全体の絶対多数の賛成が必要である。

(2) これまでの選挙・国民投票

モロッコで、独立以来実施された選挙・国民投票は30回で、詳細は次の通りである。

①国民投票(10回実施)
  • 1962年12月7日:憲法制定に関する国民投票
  • 1970年7月24日:1962年憲法改定に関する国民投票
  • 1972年3月1日:1970年憲法改定に関する国民投票
  • 1980年5月23日:1972年憲法第21条改定に関する国民投票
  • 1980年5月30日:1972年憲法第43条・95条改定に関する国民投票
  • 1984年8月31日:アラブ・アフリカ連合に関する国民投票
  • 1989年12月1日:議会議員の任期2年延長に関する国民投票(1984年からの会期は、本来1990年に終了だが2年延長)
  • 1992年9月4日:1972年憲法改定に関する国民投票
  • 1996年9月13日:1992年憲法改定に関する国民投票
  • 2011年7月1日:2011年憲法改定に関する国民投票
②地方選挙(10回実施)
  • 1960年5月29日
  • 1963年7月28日
  • 1969年10月3日
  • 1976年11月12日
  • 1983年6月10日
  • 1992年10月16日
  • 1997年6月13日
  • 2003年9月12日
  • 2009年6月12日
  • 2015年9月4日
③議会選挙(10回実施)
  • 1963年5月17日
  • 1970年8月28日
  • 1977年6月3日
  • 1984年9月14日
  • 1993年6月25日(3分の2の議員選出のための直接選挙)と1993年9月17日(3分の1選出のための間接選挙)
  • 1997年11月14日
  • 2002年9月27日
  • 2007年9月7日
  • 2011年11月25日(2011年憲法下での初めての選挙。2012年9月に予定されていたが、憲法が改定されたために、前倒しで実施された。)
  • 2016年10月6日

(3) 近年に実施された選挙

①2007年議会選挙
  • 日時:2007年9月7日午前8時~午後7時
  • 議席数:下院325議席(任期5年)
  • 選挙区:全国区=30議席分(女性割り当て) 95の地方区=295議席分
  • 候補者数:6,691名
  • 有権者数:15,510,505名(男性=51.3%、女性=48.7%)  
  • 投票率:37%
  • 投票所数:全国38,687箇所
選挙結果-獲得議席数
  • イスティクラール党(PI-Parti  Istiqlal):52議席
  • 公正発展党(PDJ-Parti de la justice et du développement):46議席
  • 大衆運動(MP-Mouvement populaire):41議席
  • 国民独立連合(RNI-Rassemblement national des indépendants):39議席
  • 大衆諸勢力社会主義連合(USFP-Union socialiste des forces populaires):38議席
  • 立憲連合(UC- Union constitutionnelle):27議席
  • 進歩社会主義党(PPS-Parti du progrès et du socialisme):17議席
  • 民主勢力前線(FFD-Front des forces démocratiques):9議席
  • 民主社会党(MDS-Mouvement démocratique et social):9議席
  • 国民民主連合党(PND)-盟約党:14議席(PND・盟約党連合:8議席、盟約党:3議席、PND:3議席)
  • 前衛民主社会党(PADS)-国民議会党(CNI)-社会主義統一党(PSU):6議席(PADS-CNI-PSU連合:5議席、CNI:1議席)
  • 労働党(PT-Parti travailliste):5議席
  • 環境発展党(PED-Parti de l’environnement et du développement):5議席
  • 再生平等党(PRE-Parti du renouveau et de l’Equité):4議席
  • 社会主義党(PS-Parti socialiste):2議席
  • モロッコ民主連合(UMD-Union marocaine pour la démocratie):2議席
  • 市民勢力(FC-Forces citoyennes)/自由連盟(ADL-Alliance des libertés)/発展・シチズンシップ・イニシアティブ(ICD-Initiative citoyenne pour le développement/復興善行党(PRV-Parti de la renaissance et de la vertu)=各々1議席
  • 無所属:5議席
②2009年地方選挙
  • 実施日:2009年6月12日
  • 議席数:27795議席
  • 選挙区数:1503 (都市部:221 、農村部:1282 )
  • 候補者数:130223名-人口35,000人以下の地区(1人区)の候補者数:55751名 
  • 人口35000人以上の地区(比例代表)の候補者数:59188名
  • 女性候補者向け名簿での候補者数:15284名
  • 有権者数:13,360,219名
  • 投票者数:7,005,050名
  • 投票率:52.4%
  • 投票所数:38285箇所
選挙結果・・・獲得議席数(得票率 %)
  • 正統近代党(PAM:Parti authencité et modernité): 6015(21.7%)
  • イスティクラール党(PI:Parti Istiqlal): 5292 (19,1 %).
  • 国民独立連合(RNI:Rassemblement national des indépendants) : 4112 (14,8 %).
  • 大衆諸勢力社会主義連合(USFP:Union socialiste des forces populaires): 3226 (11,6 %).
  • 大衆運動(MP:Mouvement populaire) : 2213 (8 %).
  • 公正発展党(PJD:Parti de la justice et du développement) : 1513 (5,5 %).
  • 立憲連合(UC:Union constitutionnelle) : 1307 (4,7 %).
  • 進歩社会主義党(PPS:Parti du progrès et du socialisme)  : 1102 (4 %).
  • 民主勢力前線(FFD :Front des forces démocratiques): 678 (2,4 %).
  • 前衛民主社会党・国民議会党・社会主義統一党連合(PADS-CNI-PSU:Parti de l’avant-garde démocratique et socialiste, Congrès nationale ittihadi, Parti socialiste unifié) : 475 (1,7 %).
  • 民主社会党(MDS:Mouvement démocratique et social): 319 (1,2 %).
  • 民主協約党(Parti Al-Ahd Addimocrati): 294 (1,1 %).
  • 労働党(PT :Parti travailliste): 288 (1 %).
  • 再生平等党(PRE:Parti du renouveau et de l’équité) : 181 (0,7 %).
  • 環境と持続可能な発展党(PEDD:Parti de l’environnement et du développement durable) : 106 (0,4 %).
  • モロッコ自由党(PML:Parti marocain libéral) : 90 (0,3 %).
  • 統一民主党(PUD :Parti de l’unité et de la démocratie): 84 (0,3 %).
  • 改革発展党(PRD:Parti de la réforme et du développement) : 82 (0,3 %).
  • 社会党(PS:Parti socialiste) : 81 (0,3 %).
  • •市民勢力党(PFC:Parti des forces citoyennes) : 47 (0,2 %).
  • 無所属(SAP:Sans appartenance politique): 47 (0,2 %).
  • 復興善行党(PRV:Parti de la renaissance et de la vertu) : 30 (0,1 %).
  • 国民行動党(PAN :Parti de l’action nationale): 23 (0,1 %).
  • 行動党(PA :Parti de l’action): 21 (0,1 %).
  • 希望党(PE :Parti de l’espoir): 14 (0,1 %).
  • 民主社会党(PSD:Parti de la société démocratique) : 12 (0,0 %).
  • 民主主義のためのモロッコ連合(UMD:Union marocaine pour la démocratie) : 7 (0,0 %).
  • 自由社会正義党(PLJS:Parti de la liberté et de la justice sociale) : 7 (0,0 %). 
③2011年議会選挙
  • 日時:2011年11月25日
  • 議席数:下院395議席(任期5年)
  • 方式:比例代表制・中選挙区制
  • 選挙区:
    • 全国区=比例代表制:90議席分(30議席分=若年候補者割り当て、60議席分=女性候補者割り当て)
    •  92の選挙区:305議席分
  • 投票率:45.40%
選挙結果-獲得議席数
  • 公正発展党Parti de la Justice et du Développement (PJD) : 107議席(27.08%) 
  • イスティクラール党Parti de l’Istiqlal (PI) : 60議席(15.19% ) 
  • 国民独立連合Rassemblement National des Indépendants (RNI) : 52議席(13.16% ) 
  • 正統近代党Parti Authenticité et Modernité (PAM) : 47議席(11.90%) 
  • 大衆諸勢力社会主義連合Union Socialiste des Forces Populaires (USFP) : 39議席(9.87%) 
  • 大衆運動Mouvement Populaire (MP) : 32議席(8.10%) 
  • 立憲連合Union Constitutionnelle (UC) : 23議席(5.32%) 
  • 進歩社会主義党Parti du Progrès et du Socialisme (PPS) : 18議席(4.55%) 
  • 労働党Parti Travailliste (PT) : 4議席(1%) 
  • 社会民主運動Mouvement Démocratique et Social (MDS) : 2議席(0.50%) 
  • 再生平等党Parti du Renouveau et de l’Equité (PRE) : 2議席(0.50%) 
  • 環境と持続可能な発展党Parti de l’Environnement et du Développement durable : 2議席(0.50%) 
  • 民主協約党 Parti Al Ahd Addimocrati : 2議席(0.50%) 
  • 左翼緑の党Parti de la Gauche Verte : 1議席(0.25%) 
  • 自由社会正義党Parti de la Liberté et de la Justice Sociale : 1議席(0.25%) 
  • 民主勢力前線 Front des Forces Démocratiques (FFD) : 1議席(0.25%) 
  • 行動党Parti de l’Action (PA) : 1議席(0.25%) 
  • 統一民主党Parti Unité et Démocratie : 1議席(0.25%) 
④2015年地方選挙 
〈地方議会〉
  • 実施日:2015年9月4日
  • 議席数:678議席
  • 選挙区数:12
  • 投票者数:8,096,132名
  • 投票率:53.67%

選挙結果・・・獲得議席数・獲得票数(得票率 %)

  1. 公正発展党(PJD: Parti de la justice et du développement)174 議席・1,672,178票  (25.6 % )
  2. 正統近代党(PAM :Parti authencité et modernité): 132議席・1,318,700票(19.4 %) 
  3. イスティクラール党(PI : Parti de l’Istiqlal) : 119議席・1,057,658票(17.55 %)
  4. 国民独立連合( RNI : Rassemblement national des indépendants) : 90議席・883.421票(13.27 %) 
  5. 大衆運動(MP : Mouvement populaire) : 58議席・631,817  票(8.55 %)
  6. 大衆諸勢力社会主義連合 Union socialiste des forces populaires : 48議席・546,472票 (7.08 %)
  7. 立憲連合 Union constitutionnelle :27 議席・493,277 票( 3.98 %)
  8. 進歩社会主義党 Parti du progrès et du socialisme : 23議席・413,238票(3.39 %)
  9. 民主社会運動 Mouvement démocratique et social : 2議席・65, 554票(0.29 %)
  10. 民主協約党 Parti Al Ahd Addimocrati : 2議席・29,798票(0.29%)
  11. 改革発展党 Parti de la réforme et du développement : 2議席・9 600票(0.29%) 
  12. 左派民主連盟 Fédération de la gauche démocratique :  1議席・90,998票(0.15%) 

※9,10,11,12の党は、7議席を協議の上配分したため、それぞれの議席数は得票数に比例していない。

〈市議会〉
  • 実施日:2015 年9月4日
  • 総議席数: 31443議席
  • 投票者数:8,096,132名
  • 投票率:53.67%

選挙結果(獲得議席数・%)

  1. 正統近代党Parti authenticité et modernité (PAM) 6,655 議席(21.16 %),
  2. イスティクラール党Parti de l’Istiqlal (PI) 5,106 議席(16.23%)
  3. 公正発展党Parti de la justice et du développement (PJD) 5,021 議席(15.96 %).
  4. 国民独立連合Rassemblement national des indépendants (RNI)4,408 議席(14.01%)
  5. 大衆運動Mouvement populaire (MP) 3,007 議席(9.56%),
  6. 大衆諸勢力社会主義連合Union socialiste des forces populaires (USFP) 2,656 議席(8.44%),
  7. 進歩社会主義党Parti du progrès et du socialisme (PPS) 1,766 議席(5.61%)
  8. 立憲連合Union constitutionnelle (UC) 1,489 議席(4.73 %),
  9. 左派民主連盟 Fédération de la gauche démocratique (FGD) 333 議席(1.06%),
  10. 民主社会運動Mouvement démocratique et social (MDS) 297 議席(0.94 %),
  11. 民主勢力前線Front des forces démocratiques (FFD) 193 議席(0.61%)
  12. 民主協約党 Parti Al Ahd Addimocrati (PAA) 142 議席(0.45%)
    以下合計370議席(1.17%)
  13. Parti de l’Environnement et du Développement Durable (PEDD) 79議席
  14. Parti de l’Unicité et de la Démocratie (PUD) 65議席
  15. Parti de la Renaissance et de la Vertu (PRV) 54議席
  16. Parti de la Réforme et du Développement (PRD) 39議席
  17. Parti du Renouveau et de l’Equité (PRE) 25議席
  18. Parti de l’Union marocaine pour la Démocratie (UMD) 21議席
  19. Parti de l’Action (PA) 15議席
  20. Parti National Démocrate (PDN) 13議席
  21. Parti de la Liberté et de la Justice Sociale (PLJS) 12議席
  22. Parti du Centre Social (PCS)11議席
  23. Parti des Néo-démocrates 10議席
  24. Parti de l’Espoir (parti Al-Amal) 7議席
  25. Parti Démocratique et de l’Indépendance (PDI)6議席
  26. Parti Marocain Libéral (PML), 5議席
  27. Parti de la Gauche Verte Marocaine (PGVM) 5議席
  28. Parti d’Annahda, 3議席
⑤2016年議会選挙 
  • 実施日:2016年10月6日
  • 議席数:下院395議席(任期5年)
  • 方式:比例代表制・中選挙区制
  • 選挙区:
    • 全国区=比例代表制:90議席分
      • 30議席分=若年候補者割り当て
      • 60議席分=女性候補者割り当て
    • 92の選挙区:305議席分
  • 投票率:42.29%
選挙結果(獲得議席数・%)
  1. 公正発展党Parti de la justice et du développement (PJD) 125議席( 31.64%)
  2. 正統近代党Parti authenticité et modernité (PAM) 102議席( 25.82%)
  3. イスティクラール党Parti de l’Istiqlal (PI)46議席( 11.64 %)
  4. 国民独立連合Rassemblement national des indépendants (RNI) 37議席( 9.36 %)
  5. 大衆運動Mouvement populaire (MP) 27議席(6.83%)
  6. 大衆諸勢力社会主義連合Union socialiste des forces populaires (USFP) 20議席( 5.06%) 
  7. 立憲連合Union constitutionnelle (UC) 19議席( 4.81%)
  8. 進歩社会主義党Parti du progrès et du socialisme (PPS) 12議席( 3.03%)
  9. 民主社会運動Mouvement démocratique et social (MDS) 3議席( 0.75%)
  10. 左派民主連盟Fédération de la gauche démocratique (FGD) 2議席( 0.5%)
  11. 統一民主党Parti de l’unité et de la démocratie (PUD) 1議席( 0.25%)
  12. 左派緑の党Parti de la gauche verte (PGV) 1議席( 0.25%)
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2019年1月18日

イラク/選挙

イラク戦争後、イラク暫定政府に主権が移譲されてから恒久憲法の公布を経て正式政権の樹立に至るまでの政治プロセスを定めた「移行期間のためのイラク国家施政法」(基本法、2004年3月8日成立)に則り、2005年1月30日と、2005年12月15日に国民議会選挙が行われた。最初の選挙は、憲法起草のための制憲議会選挙であり、2度目は通常の議会選挙となっているため、議会の役割は必ずしも同じではなく、その正式名称も最初の制憲議会がal-Jam’iya al-Wataniya、2度目の通常議会がMajlis al-Nuwwabと区別されている。しかし、2度の議会選挙はその参加政党や国民にとって連続性のあるものと捉えられていると言える。その後、議会任期満了を経て2010年3月、2014年4月、2018年5月に国民議会選挙が実施されている。

<選挙制度:2005年1月>

2005年1月までの選挙実施のために、2004年3月から5月にかけて、国連スタッフがイラク国内で選挙管理委員会や政治家、宗教関係者らと会合を行い、いくつかの選挙制度を提示した。2000万 以上の人口を抱える国で、人口統計も不備な中、半年強の準備期間で国政選挙を行わなければならないことから、選挙制度の選択にあたってはその実現可能性が もっとも考慮され、最終的にイラク選挙管理委員会が全国一区の比例代表制を採用することを決定した。その後、統治評議会の認可を得て、2004年6月のCPA Order第96号「選挙法」に盛り込まれた。議席数は275議 席。選挙に出馬する政党は、「政治団体」として選管に登録されなければならず、個人としての立候補も可能である。登録された政党は、単独あるいは 他政党と連合を組んで候補者リストを選管に提出するが、主要政党はいずれも政党連合を形成した。選挙はクローズド・リスト(拘束名簿式比例代表制)で行われ、有権者は政党にのみ投票する。政党が獲得した票数に応じて議席数が決定され、当選者は各政党が前もって作成した候補者リストの上位から掲載順に当選が決まる。選管への提出後に順位を変更することはできない。なお、憲法によって4分の1以上の女性議員比率を実現することを求められているため(第46条第4条)、リストの掲載順を決定する際、必ず3名ごとに最低1名の女性を含まなければならないとされた。

<選挙制度:2005年12月>

2005年1月の選挙で採用された、全国一区の比例代表制という選挙制度がもたらした問題は、2005年1月の選挙でスンナ派住民が多い中部の投票率が極めて低かった結果、シーア派とクルドの票が人口比以上に議席に反映されたことであった。シーア派宗教勢力を中心とする統一イラク連合(140議席)と、クルドの二大政党が中心となって形成したクルディスタン同盟(75議席)の上位2政党だけで議席の78%を占める結果となった。この問題への対応から、12月の選挙で採用された選挙法では、全国を一区とするのではなく18県をそれぞれ一選挙区して設定することになった。制度としては引き続き、クローズド・リスト(拘束名簿式比例代表制)で実施された。

正確な有権者数が不明であったことから、各県への議席の配分は食糧配給名簿に基づいて行われ、合計230議席が18選挙区に割り当てられた。残る45議席については、補償議席として各選挙区で議席獲得に至らなかった小党に優先的に配分される(さらにその残りは、前回同様全国区比例代表制で各党に配分される)。しかし、実際にこの補償議席の仕組みによって議席を獲得することが可能となった政党は1つで、1議席のみであった。

<選挙制度:2010年3月>

およそ4年ぶりに国民議会選挙を実施するにあたって、選挙法にいくつかの変更がなされた。まず、クローズド・リスト方式(拘束名簿式比例代表制)からオープン・リスト方式(非拘束名簿式比例代表制)となり、有権者は、党とその党に所属する個人の両方に投票できるようになった。オープン・リスト方式は2009年1月 に行われた県議会選挙で初めて実施されたが、その際、比例名簿上位の候補者の落選が相次ぐ結果となった。そのため、多くの政党は国政選挙でのオープン・リスト採用に本音では 否定的だったが、透明性のある選挙を求める世論に押される形で採用が決まった。党が得た得票総数で獲得議席数が決まり、個々の立候補者の得票数に応じて当選者が決まる仕組みである。なお、憲法上4分の1以上の女性議員比率を実現する必要があるため、女性候補は獲得票数が少なくとも優先的に当選することなる。

また、「人口10万人につき1議席」との憲法上の規定に基づき、人口増加を反映して議席が拡大された。正確な人口統計が存在していないため、各県へ増加議席を分配するにあたって国民議会における議論は紛糾を極め、結局議席数は275議席から325議席まで膨らむこととなった。このうち、各県ごとの選挙区に310議席が割り当てられ、キリスト教徒などのマイノリティ枠として5県において計8議席が配分されることになった。補償議席は7議席設けられたが、この議席は各県ごとの選挙区で1議席以上獲得した政党間で、全国の得票数に応じて配分されることになっており、小党救済のための議席という位置付けではなくなっている。

<選挙制度:2014年4月>

引き続きオープン・リスト方式が採用されたが、議席配分方式がヘア式から修正サンラグ方式へと変更された。前年の2013年県議会選挙の際に、従来から使われていたヘア式が大政党に有利との批判から、より小党に有利なサンラグ方式へと変更されていた。しかし、この改正によって議席数減を余儀なくされた主要政党が国民議会選挙の選挙法改正時に巻き返しをはかり、その結果、修正サンラグ方式に変わった。

また、補償議席が撤廃され、かわりに北部3県を含む10県に1議席ずつ議席数が追加された。この背景には、クルディスタン地域の3県が他地域よりも総じて投票率が高いという事実を背景に、クルド政党が北部3県の議席増を求めたことがある。これにより総議席数は328議席となった。マイノリティ枠8議席は維持された。

なお、選挙連合、単独政党、個人など様々な資格で同等に選挙に出馬できる点は前回の選挙と同様だが、今回の選挙の特徴として、シーア派やクルド、スンナ派といった宗派民族ごとの大連合よりも、より細分化した小規模な政党連合ないしは単独政党が出馬する傾向にあり、その結果、議席獲得政党も倍以上に増加した。

<選挙制度:2018年5月>

前回同様、オープン・リスト方式、修正サンラグ方式が採用されたが、選挙法の制定にあたっては、修正サンラグ方式において議席計算に使用される除数の数値(大きいほど大政党有利となる)をめぐって激しい論争が続き、法案交渉が長引く要因となった。結局、2017年8月に成立した法案では、除数は1.7と前回の2014年と同じ数値が維持されることになった。議席数はマイノリティ枠の1議席増加して9議席となり、全体では329議席となった。

なお、今回初めて自動集計システム(有権者が投票用紙にマーキングし、それをスキャナで読み込んで投票箱に入れる)が採用された。毎回、投票結果の集計に数週間を要していたことが理由であり、このシステムの導入で、投票から2日で開票率95~97%の暫定結果、1週間後には開票率100%の選挙結果の発表が可能になった。しかしながら、ハッキングによる選挙不正が行われたのではないかという疑惑が拡大し、判事が選管委員と交代したり、異議申し立てがあった投票箱の手作業による再集計が行われたり、その間にも放火とみられる火事で一部の投票箱が焼失したり、混乱が拡大する要因にもなった。諸々の混乱を経て選挙結果が確定したのは8月19日と、選挙から3ヶ月以上が経ってからだった。なお、再集計による議席変動は1議席にとどまり、組織的な不正やハッキングがあったのかどうかは定かではない。

選挙連合については、前回同様、シーア派、スンナ派、クルドのそれぞれの内部でより細分化する傾向が続いている。さらに新たなトレンドとして、宗派の枠を越えて、アバーディ首相率いるシーア派政党からスンナ派政治家が立候補し、モスルなどのスンナ派住民地域で大きな得票を得るというケースが見られたことが特筆される。これは、2014~2017年の対IS戦においてスンナ派政党が実質的な役割を果たせなかったとい失望の裏返しであると考えられるが、こうしたトレンドは今後も続くのかどうかが注目される。

<選挙結果:2005年1月>

以下は、2005年1月30日に実施された国民議会選挙の結果である。

投票総数は855万571票で、うち有効投票数は845万6266票であった。

政党グループ獲得議席得票
統一イラク連合シーア派140 4,075,295 
クルディスタン同盟クルド75 2,175,551 
イラク・リストアラブ世俗派40 1,168,943 
イラク人たちアラブ世俗派150,680 
イラク・トルコマン戦線トルコマン69,938 
独立国民エリート集団シーア派69,938 
人民連合アラブ世俗派69,920 
クルド・イスラーム集団クルド60,292 
イスラミック・アマルシーア派43,205 
民主国民同盟スンナ派36,795 
国民ラーフィダイン・リストアッシリア33,255 
和解解放団体スンナ派30,796 

<選挙結果:2005年12月>

以下は、2005年12月15日に実施された国民議会選挙の結果である。

投票総数は1239万6631票で、うち有効投票数は1219万1133票であった。

政党グループ獲得議席得票
統一イラク連合シーア派128 5,021,137 
クルディスタン同盟クルド53 2,642,172 
イラク合意戦線スンナ派44 1,840,216 
国民イラク・リストアラブ世俗派25 977,325 
国民対話イラク戦線スンナ派11 499,963 
クルド・イスラーム同盟クルド157,688 
和解解放団体スンナ派129,847 
リサーリーユーンシーア派145,028 
イラク・トルコマン戦線トルコマン87,993 
ラーフィダイン・リストアッシリア47,263 
イラク国家のためのミサール・アルーシーのリストスンナ派32,245 
改革・発展のためのヤジーディ運動ヤジーディ21,908 

<選挙結果:2010年3月>

以下は、2010年3月7日に実施された国民議会選挙の結果である。

有効投票数は1162万1998票であった。

政党獲得議席得票
イラーキーヤ912,849,803
法治国家連合892,794,038
INA(イラク国民連合)702,092,683
クルディスタン同盟431,686,344*
ゴラン8487,181*
イラク合意6303,057
イラク統一連合4314,823*
KIU(クルディスタン・イスラーム連盟)4247,366*
KIG(クルディスタン・イスラーム集団)2153,640*
マイノリティ枠8

注:*印については、バグダード県における再集計後の結果が発表されていないため、再集計前の暫定得票数である。

<選挙結果:2014年4月>

以下は、2014年4月30日に実施された国民議会選挙の結果である(3議席以上獲得した政党の一覧)。

有効投票数は1301万3765票であった。

政党獲得議席
法治国家連合95
サドル派34
市民連合31
ムッタヒドゥーン27
KDP25
PUK21
ワタニーヤ連合21
アラビーヤ連合11
ゴラン9
国民改革潮流6
ファディーラ党6
イラク連合5
市民民主連合4
KIU(クルディスタン・イスラーム連盟)4
KIG(クルディスタン・イスラーム集団)3
アンバール忠誠連合3
その他15
マイノリティ枠8
合計328

注:サドル派はアフラール連合、国民参加集団、エリート潮流の3リストの合計。市民民主連合には、独立民主連合の議席を含む。

注:選挙区によって相乗りしているケースがあるため、各党の全国レベルでの得票数の集計はできなくなっている。

<選挙結果:2018年5月>

以下は、2018年5月12日に実施された国民議会選挙の結果である(4議席以上獲得した政党の一覧)。

有効投票数は1034万3279票であった。

政党獲得議席
サーイルーン54
ファタハ連合48
勝利連合42
KDP25
ワタニーヤ21
ヒクマ潮流19
PUK 18
イラクの決定連合14
アンバールは我々のアイデンティティ6
ゴラン5
新世代4
その他24
マイノリティ枠9
合計329

注:選挙区によって相乗りしているケースがあるため、各党の全国レベルでの得票数の集計はできなくなっている。

参考文献

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