「リビア」カテゴリーの記事一覧

2021年9月21日

リビア/現在の政治体制・政治制度

2011年の「アラブの春」にともなう内戦とカダフィ政権崩壊を経て、現在(2021年8月時点)のリビアでは議院内閣制が採用されている。その根拠は、「憲法宣言(Constitutional Declaration)」(2011年8月発表、その後随時修正)および「リビア政治合意(Libyan Political Agreement)」(2015年12月締結)である。ただし、2021年12月24日に予定される国政選挙(大統領・議会選挙)をめぐり、今後政治制度が大きく変更される可能性がある。

「リビア政治合意」にもとづき、2016年1月に「国民合意政府(Government of National Accord: GNA)」が発足した。その後、2020年1月の独ベルリンでのリビア安定化に関する国際会議(Berlin International Conference on Libya)、2020年11月に発足した「リビア政治対話フォーラム(LPDF)」での議論にもとづき、2021年3月に国民統一政府(Government of National Accord: GNU)が設立された。GNUはあくまでも暫定政権という位置づけであり、任期は2021年12月24日に予定される国政選挙(大統領・議会選挙)の完了までと定められている。同政府の体制はアブドゥルハミード・ドゥバイバ(ドベイバ)首相以下、副首相2名、閣僚35名(うち国務大臣6名)で構成される。国防相は政治対立を避ける意図から空席のまま発足した。また、大統領と同様の立場で外交・内政の儀礼的役割を担う首脳評議会(Presidential Council: PC)が存在し、議長と副議長2名が東・西・南の地域から1名ずつ選出される。

立法府は2014年7月の選挙によって選ばれ、リビア東部のトブルクに拠点を置く代表議会(House of Representatives: HOR)が担う。また、トリポリに拠点を置く高等国家評議会(High Council of State: HCS)は政府の諮問機関として、GNCが議決した重要法案を承認・拒否する権限を持ち、GNUが提出する法案や国際的合意に対しても法的拘束力のある意見を提示できる。

「憲法宣言」

「憲法宣言」は内戦中の2011年8月3日、反体制派勢力である国民暫定評議会(National Transitional Congress: NTC)によって締結、同月10日に発表された。同宣言はいわば草案であり、議会による修正および承認決議を経て、国民投票によって3分の2以上の承認を得れば正式な憲法として制定される。

同宣言が締結された時点では、2012年7月の国民議会(GNC)の設立後すみやかに憲法起草委員が任命され、正式な憲法の起草・制定が行われると見込まれていた。しかし、憲法起草委員を選挙によって選ぶこととなり、またリビアの政治情勢が混乱したことから、2021年8月に至るまで正式な憲法は制定されていない。代わりに、GNCやGNCは「憲法宣言」を修正することで政治プロセスを進めてきた。2021年12月に予定される国政選挙の後、憲法承認のための国民投票の実施が見込まれている。

「憲法宣言」第1条には、リビアが民主国家であること、首都はトリポリであること、国教はイスラームであり、イスラーム法(シャリーア)が法制度の根源であるが、国家は非ムスリムにも信仰の自由を保障すること、公用語はアラビア語であることが定められている。また、「少数民族」という言葉は用いられず、「リビア社会の構成要素(components of the Libyan society)」として示され、アマージグ(ベルベル)、トゥーブ、トゥアレグに対して言語的・文化的権利を保障するとされている。

第4条には、国家は、政治的多元主義と多党制に基づく政治的民主制の確立に努め、権力の平和的・民主的交代を実現すると定められている。

第9条には、祖国の防衛、国家の団結の維持、文民統治・憲法・民主的制度の維持、市民の価値観の順守、地域・部族・氏族にもとづく対立との戦いは、全国民の義務であると定められている。

カッザーフィー政権期の法制度について、第35条では、既存の法律は修正・廃止されるまで、「憲法宣言」の内容と矛盾しない限りにおいて有効であると定められている。前政権で定められた法律における政治機構への言及は、国民暫定評議会や今後の移行政府に置き換えられる。また、カッザーフィー政権期の正式な国名「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒーリーヤ国(Great Socialist People’s Libyan Arab Jamahiriya)」は、「リビア(State of Libya)」に置き換えられる。

続きを読む
2021年9月21日

リビア/最近の政治変化

国民合意政府(2016年1月〜2021年3月)

カッザーフィー政権崩壊後、2012年7月の選挙を経て国民議会(GNC)と新内閣が発足したが、同議会の一部議員が2014年6月の代表議会(HOR)設立に抵抗し、傘下の民兵組織を動員してHORを攻撃した。このため、HORは首都トリポリから退避し、東部の都市トブルクに議会本部を設置した。これがいわゆる「東西対立」の発端である。GNCとHORの対立は行政の不機能や治安悪化、アルカーイダや「イスラーム国」などジハード主義組織の伸長につながったため、国連や欧米、周辺諸国が和平調停を進め、モロッコでのGNC・HOR間の協議によって2015年12月17日、「リビア政治合意」が締結された。

同合意は統一政府である国民合意政府(GNA)を樹立し、 HORを立法府として、GNCを高等国家(HCS)に改称して政府の諮問機関とすることを定めた。2016年1月に発足したGNAは、2021年3月のGNU発足まで「正式な政権」として国際的に承認されていた。同政府においてはファーイズ・サッラージュ首相が「首脳評議会(PC)」の議長を兼任し、PCは首相1名、副首相3名(東・西・南の地域から1名ずつ)、国務大臣2名で構成されていた。

「リビア政治合意」の狙いは、対立していたHORとGNCを新政府の下に統合し、国内対立を解消することであったが、今度はGNAとHORの対立が勃発した。HORはGNAの信任投票を行わなかったため、同政府の法的基盤は2021年3月の解散まで脆弱なままであった。また、HORは東部のトブルクに拠点を置いたまま、東部独自の内閣や中央銀行、石油公社、その他政府機関を設立してGNAに対抗した。これにより、東西政府機関の統合が政治プロセス進展や国民生活改善の障害となっている。さらに、HORがハリーファ・ハフタル率いる軍事組織「リビア国民軍(LNA、後述)」を支援したことで、国内の軍事対立が激化した。

大統領・議会選挙に向けた動き(2017~2019年)

2017年頃から、リビアの統治機構の再編と政治・治安の安定化を進めるため、選挙を求める声が主に国外で高まるようになった。 GNAは発足以来リビア全土を統治したことはなく、政治機構も脆弱で、リビアの安定化を主導することは難しいとみられていた。不安定なリビアが地中海を越える移民の玄関口となり、ジハード主義組織や武装勢力の拠点となり、治安悪化に伴う原油生産量の乱高下がグローバルな石油価格の変動要因となっている現状は、周辺国にとって大きな脅威だと認識されてきた。

さらに、GNAの任期の問題もあった。リビア政治合意には、GNAの任期は HORによる信任決議から1年間とされ、この間に憲法が制定されなければ1年のみ延長が認められると明記されている。また、憲法がGNA設立後2年以内に制定された場合は、その時点で任期が終了する。GNAが最初の会合を行ったのは2016年1月6日であり、これを起点とすれば2018年1月6日でGNAの任期は終了することになる(ただしHORはGNAの信任投票を行わなかったため、GNAの任期のカウントダウンはそもそも始まっていなかったというロジックも成り立つ)。

2017年9月20日、国連リビア支援ミッション(United Nations Support Mission in Libya: UNSMIL)のサラーマ代表は、リビアを安定化させるための「アクション・プラン」を発表した。それは、①全土での国民対話の実施、②リビア政治合意の修正とGNAの組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備という4つの柱からなる。また、UNSMILは2017年末の時点で、リビアの移行期間は2018年で完了すると述べ、同年中に大統領選挙を予定していることを明らかにした。

2018年5月29日、フランス・パリにおいて、リビアの諸勢力を招いた会談が行われた。この会談で、遅くとも同年12月10日までの大統領・議会選挙の実施および9月16日までの憲法草案と選挙法案の制定で合意された。しかし、大統領制を導入するための準備は進まなかった。カッザーフィー政権崩壊後のリビアは議院内閣制を採用しており、大統領に付与される権限、大統領と軍、議会および内閣との関係、議会の規模などを取り決めるための法的枠組みは存在しなかった。また、国軍の最高指揮権や任命権、中央政府と地方政府の関係なども不透明なままであった。

これらを規定するのが憲法と選挙関連法案ということになるが、立法権を持つHORは憲法制定のための国民投票に関する法案審議を何度も延期してきた。このため、高等選挙委員会(HNEC)も法的・技術的な準備を進められず、選挙が2018年中に行われることはなかった。2019年2月のミュンヘン安全保障会議にて、サラーマUNSMIL代表は、大統領・議会選挙の実施は「2019年末が最も現実的だ」と述べた。そして、選挙プロセスを進めるために「国民対話」を行い、国内で対立する諸勢力の和平調停を行うと発表した。しかし、ハフタル司令官率いる「リビア国民軍(LNA)」が2019年4月からトリポリ侵攻を開始したことで、選挙や国民和解の動きは頓挫した(後述)。

トリポリ周辺での衝突(2019年4月~2020年10月)

2019年4月4日、ハフタルLNA総司令官は傘下の部隊にトリポリへの進軍を命じ、 LNAはリビア東部と南西部からトリポリに迫った。これをGNA傘下の軍や同政府を支援する民兵組織が迎え討ち、大規模な武力衝突に展開した。国連リビア支援ミッション(UNSMIL)は、2019年だけで戦闘による避難者が20万人を超えたと発表するなど、甚大な人道被害が発生した。

さらに、LNAをUAE、サウジアラビア、エジプトが、GNAをトルコが支援し、武器や戦闘員、軍事資金を提供したことで、紛争は国際化して「代理戦争」の様相を呈した。特に、ロシアは2019年9月頃からプーチン政権に近い民間軍事会社Wagnerの兵員を投入して、LNAへの軍事支援を強めた。サラーマUNSMIL代表は国連安保理にて人道状況の悪化に警鐘を鳴らし、同時に諸外国の軍事支援が戦況を激化させていると非難した。

戦況は膠着していたが、2019年11月のサッラージュGNA首相とエルドアン・トルコ大統領との会談で、両者は①両国間の安全保障協力、特にトルコからリビアへの軍事支援に関する覚書と、②東地中海における両国間の海洋境界設定に関する覚書に署名した。これを受けて、2020年初頭からトルコは軍事ドローンや装甲車とともにシリア人戦闘員のべ1万5千人以上を送り込み、GNAへの軍事支援を強化した。この結果、2020年6月上旬にGNA勢力がトリポリ周辺を制圧し、LNAは東部および南西部に撤退した。

LNAの撤退による戦況変化を受けて、国際社会は停戦調停を強化させた。2020年8月21日、GNAとHORが停戦合意を発表し、すべての勢力に対する戦闘の即時停止を求め、2021年3月までの大統領・議会選挙実施を提案した。10月23日にはGNAとLNAの軍事代表団がスイス・ジュネーブにて停戦合意に署名し、両勢力の戦闘を即時停止し、3か月以内に全ての傭兵や外国人戦闘員をリビアから退去させることで合意した。

その後、UNSMILの主導により、停戦合意の確認や選挙実施に向けた政治協議「リビア政治対話フォーラム(LPDF)」が10月下旬にオンラインで、11月上旬にチュニジアで開催された。LPDFでは停戦の実現と持続、18か月以内(2022年5月まで)の選挙実施が合意された。同フォーラムに参加する75人の代表( UNSMILが選定)は、公平性を担保するために新政府において公職に就く権利を放棄した。

国民統一政府の発足と選挙に向けた動き(2021年3月~)

LPDFでの協議を受けて、2021年1月30日にUNSMILは新統一政府の首脳候補者45人を発表した。首相および「首脳評議会(PC)」の議長と副議長(2人)の選出に向けて4つの候補者リストが示され、LPDF参加者75人が投票する形を取った。2月5日の第1回投票、続く決選投票の結果、首相に実業家のアブドゥルハミード・ドベイバ、PC議長(大統領級)にギリシャ大使などを務めたムハンマド・ユーヌス・メンフィー、同副議長にトゥアレグ族出身の政治家ムーサー・クーニー、および代表議会(HOR)議員アブドゥッラー・ラーフィーが選出された。新政府の任期は、12月24日予定の大統領・議会選挙までとなる。

3月10日、リビアの立法機関であるHORは、新政府「国民統一政府(Government of National Unity: GNU)」およびダバイバ首相率いる新内閣を承認した。GNAも遅滞なく行政権を委譲した。HORの議員ほぼ全員の新政府承認決議への出席、トリポリ政府に反発し続けてきたサーリフHOR議長や東部政府による新内閣の承認、LPDFのスケジュールに概ね沿った形での新内閣承認は、いずれも大きな政治的成果である。国連の粘り強い働きかけに加え、国内外で政治プロセス進展への期待が高まったことが要因とされる。

GNUは発足後、UNSMILや国際社会の支援を受けながら、2021年12月の選挙に向けた政治プロセスや国内の和解・調整を進めているが、東西の政府機関や国軍の統合、外国軍・外国人戦闘員および外国人傭兵のリビアからの撤退、行政サービスや基礎インフラの復旧、民兵問題、移民問題等、対処すべき課題は山積している。このような中、治安問題、選挙法制定及び憲法基盤をめぐる合意形成の遅れ等を背景として、期日通りの選挙実施が危ぶまれる向きもある(選挙の項目で詳述)。

なお、日本政府は国連開発計画(UNDP)を通じた国政選挙支援(選挙機材の提供)、JICAを通じた司法や経済産業開発に関する技術協力、国連機関を通じた人道・社会安定化支援により、リビアの政治プロセスを支援している。

ハリーファ・ハフタル

内戦以降のリビアの政治プロセスに大きな影響を与えてきたのが、リビア東部を実効支配する軍事組織「リビア国民軍(Libyan National Army: LNA)」のハリーファ・ハフタル司令官である。

ハフタル(1943年生)はカッザーフィーによる1969年のクーデターの同志であり、1986年にリビア・チャド紛争(1978〜1987年)の司令官となるが、敗戦しチャドにて投獄された。その後は米国に約20年間在住したが、2011年のリビア政変時に帰国し、反カッザーフィー勢力を軍事的に指揮して台頭した。2014年5月にはリビア東部にてLNAを率い、国軍、部族勢力、民兵組織などの諸勢力と「尊厳作戦(Operation Dignity)」を立ち上げ、リビア国内のアルカーイダ系組織を含むイスラーム主義勢力への攻撃を開始した。また、2015年3月にはHORの軍総司令官に就任した。

LNAはジハード主義組織やイスラーム主義系の民兵組織に軍事的に対抗できるほぼ唯一の勢力であり、エジプトやUAE、サウジアラビアといった域内諸国だけでなく、欧米やロシアからも支援を受けた。しかし、ハフタルは2016年の「リビア政治合意」とGNA設立を外国の内政干渉として批判し、GNCの強硬派と連携してGNAに反発した。GNAの治安維持・法執行能力は脆弱であり、当時LNAは国軍や警察を凌ぐ軍事力を有していた。また、リビア東部地域を実効支配し、諸外国の支援を受けて支配圏を拡大した。

2019年1月、LNAはリビア南西部に進軍し、敵対する地元の民兵組織などを掃討して拠点を確保した。これによりハフタルの勢力圏は東部だけでなく南西部へと拡大され、主要な油田の大部分も同軍の支配下に入った。自信を高めたハフタルは2019年4月にLNAに対してトリポリ侵攻を命じる(前述)が失敗に終わり、2021年3月のGNU発足を受けて軍事力および政治力は大きく減衰した。しかし、2021年5月にはLNA設立7周年を祝う大規模な軍事パレードを東部で開催したり、東部や南西部で「対テロ作戦」を名目とした軍事活動を継続するなど、依然として一定程度の影響力を維持している。今後は12月に予定される大統領・議会選挙をめぐる動向が注目される。

他方で、ハフタルは高齢に加えて健康面でも不安を抱えており、その影響力は持続的ではないとの見方もある。現在は、長男サッダーム、次男ハーリドに加えて、同じファルジャーニ部族出身の2人を加えた4人のLNA高官が「ポスト・ハフタル」における重要人物だとみなされている。ただし、LNAはハフタル個人の圧倒的な影響力や諸外国とのネットワークによって存続しており、彼が病気や死亡によって不在になればLNAは求心力を失い、内部抗争が激化するという見方が強い。

国連リビア支援ミッション

国連リビア支援ミッション(UNSMIL)は内戦中の2011年9月に「国連安保理決議2009号」によって設立が承認された。その主な目的は以下の通りと定められている。

  • 公共の安全および秩序を回復し、また法の支配を促進すること
  • 包括的な政治的対話を行い、国民和解を促進し、また憲法起草と選挙プロセスを始めること
  • 説明責任のある制度と公共サービスの回復強化を含む、国の権限を拡大すること
  • 人権、特に脆弱な集団に属する者に対するものを促進し保護すること、および移行期司法を支援すること
  • 初期の経済回復のために要求される迅速な措置を講じること
  • 適切な場合には、他の多数の関係者および両関係者から要請される支援を調整すること

UNSMILはリビアの和平や国家建設に取り組み、全国・地方選挙、2016年リビア政治合意の締結、対立する諸勢力の調停、諸外国のリビア支援の調整などを行ってきた。しかし、米、露、仏といった国連安保理の常任理事国がリビアに対して独自の関与を続ける中で、UNSMILおよび国連はリビアの安定化に向けた取り組みを進めることができなかった。

2017年からUNSMIL代表の座についたレバノン人のガッサーン・サラーマはリビア安定化に向けた「アクション・プラン」を発表し、①全土での国民対話会議、②「リビア政治合意」の修正と GNAの組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備を進めようとした。しかし、エジプト、UAE、フランス、イタリアが国連との十分な調整を行わないままに独自の「和平会議」を開催したことで、国連主導の政治プロセスは阻害された。さらに、2019年4月以降のトリポリ周辺での衝突を受けて国民対話会議や大統領・議会選挙が暗礁に乗り上げ、諸外国の利害対立によってリビア安定化のための国際的な協力も進まない中、2020年3月にサラーマ代表の辞職が発表された。

サラーマ代表の辞職以後、それまでUNSMIL副代表を務めていた米国人外交官のステファニー・ウィリアムズが代表代行に就任し、GNAとLNAの停戦、国内和解と政治プロセスの進展、諸外国の軍事介入の停止を精力的に進めた。この結果、LPDFでの議論を通じてGNUの設立や2021年12月24日を目標とする大統領・議会選挙の実施が合意された。2021年1月には在レバノン国連特別調整官や国連イラク支援ミッション(UNAMI)代表などを務めたジャン・クビシュが国連事務総長特使・UNSMIL代表として着任した。また、2020年12月からジンバブエ出身のライセドン・ゼネンガが副代表・ミッション調整官を、2021年1月からカナダ出身のジョルジェット・ギャノンが副代表・常駐調整官(人道・人権担当)を務めている。

続きを読む
2021年9月21日

リビア/選挙

国民議会選挙(2012年7月)

2011年10月20日のムアンマル・カッザーフィー(カダフィ)殺害後、反体制派勢力である国民暫定評議会のムスタファー・アブドルジャリール議長は10月23日に「リビア全土の解放」を宣言した。「憲法宣言」第30条には、リビアの解放(カッザーフィー政権の崩壊)宣言後、国民暫定評議会は移行政府として再編成され、3ヶ月以内に①国民議会(GNC)選挙のための法案整備、②高等選挙委員会の任命、③GNC選挙への呼びかけを行うことが定められていた。また、リビアの解放後8ヶ月以内に国政選挙を行い、それから1年以内に議会と大統領選挙を実施すると定められていた。

2012年7月7日、GNC選挙が実施された。定数の200議席のうち80議席が政党別に選出される比例代表方式、残りの120議席が個人選出方式に割り当てられた。人口比などに基づき、国内主要3地域の議席配分は、首都トリポリを含めた西部100、東部60、南部40と定められた。女性や少数民族向けの議席割り当て(クォータ)はなかった。

選挙では、142の政党から合計で約3,700人(個人候補者約2,500人、比例代表候補者約1,200人)が立候補し、女性候補者も600人を超えた。選挙委員会の発表によれば、投票率は約60%(投票者170万人/登録有権者約280万人)という結果となった。

しかし、議席配分に不満をもつ東部地域では、連邦化や東部の自治権向上を主張する勢力がボイコットを呼びかけた。放火されたり、脅迫により閉鎖されたりした投票所もあった。

議席を獲得した政党は以下の通りである。

  • 国民勢力連合:39 議席(得票率 48.8%)
  • 公正発展党(ムスリム同胞団系):17 議席(21.3%)
  • 国民戦線党:3 議席(3.8%)
  • 民主主義と開発のための Wadi Al-Hayah 党:2 議席(2.5%)
  • 祖国のための連盟:2 議席(2.5%)
  • 国民中道潮流:2 議席(2.5%)
  • その他:15 議席(18.8%)

「憲法起草委員会」選挙(2014年2月)

2014年2月20日、憲法起草委員会(Constitutional Drafting Assembly)の選挙が実施された。「憲法宣言」ではGNCが60人の憲法起草委員を任命すると定められていたが、2012年7月の国民会議選挙の直前に、国民暫定評議会が同宣言を修正し、憲法起草委員会を国民投票によって選出すると決定した。そして、2013年4月にGNCが同委員会の選挙の実施を決議した。

「60人委員会」とも呼ばれる憲法起草委員会の60議席は西部、東部、南部の3地域に各20席に振り分けられ、そのうち女性に6議席、少数民族(ベルベル、トゥアレグ、トゥーブ)に2議席ずつが割り当てられた。GNC議員、国民暫定評議会議員、カッザーフィー政権の幹部、軍人、過去に有罪判決を受けた者には立候補資格は与えられなかった。すべての議席は個人選出方式に割り当てられた。

定員60名に対して立候補は649人(うち女性64人、少数民族20人)であった。選挙日が公式に発表されたのは2014年1月下旬(選挙日の約3週間)であり、有権者が候補者に関する情報を得る機会は限定的であったとの指摘もある。さらに、ベルベル(アマージグ)とトゥーブの人々が、少数民族向けの議席割当(2席ずつ)は過小であり、憲法にマイノリティの権利が反映されないとして本選挙をボイコットした。治安の悪化や地元住民の反発により、1,496の投票所のうち115か所では投票が実施されなかった(このうち一部では再選挙が実施された模様である)。

結果として、有権者登録は約110万人、そのうちの投票率は約46%(投票者約50万人/登録有権者約110万人)にとどまった。60議席のうち13議席は空席となった。

代表議会選挙(2014年6月)

2014年6月25日、代表議会(HOR)選挙が実施された。GNC選挙とは異なり、定数の200議席のすべてが個人選出方式に割り当てられた。これは、選挙運動が暴力化や政党間の抗争を防ぐためだとされる。32議席は女性に割り当てられた。

選挙では、1,714人(男性1,562人、女性152人)が立候補した。ただし、カッザーフィー政権の元職員が公職に就くことを禁止する「政治的隔離法」にもとづき、41人の候補者は資格をはく奪された。

GNCの機能不全やリビア全土での治安悪化などを受けて、政治に対する国民の信頼は低下しており、有権者登録数は約151万人、投票率は42%(投票者63万人/登録有権者約151万人)という結果となった。2012年のGNC選挙と比較すると、投票者は約110万人、登録有権者は約130万人減少した。投票所の閉鎖や候補者の不在といった理由から12の議席は埋まらなかったが、再選挙は実施されなかった。

あくまで暫定的立法府であったGNCとは異なり、GNCは正式な立法府と位置付けられた。しかし、GNCの発足をもって解散する予定であったGNCの一部の議員が、GNCの設立手続きが違法であるとしてGNCの存続を主張し、独自の内閣である「国民救済政府(National Salvation Government)」を形成した。ここにおいて、リビアの東西に2つの政府が並存する事態が発生した。GNC(在トリポリ)とGNC(在トブルク)の対立は全国に拡大し、リビア国内の治安悪化やジハード主義組織の伸長につながった。

次期大統領・議会選挙に向けて

暫定政権である国民統一政府(GNU)は2021年12月24日の選挙実施を最大のマンデートとしているが、HORやHCS(GNCを母体とする政府諮問機関)は政治的利権の維持など独自の思惑を持って動いており、選挙プロセスは難航している。HORは選挙法案の決議を先延ばしし続けているほか、選挙によって既得権益を失うことを恐れる政治勢力を中心に、国政選挙に先駆けて、時間がかかる国民投票を通じた憲法制定を行うべきとの主張が繰り返されている。また、国民の間では、大統領に強大な権力が付与されることによる独裁体制の復活や国内対立の激化を恐れる意見も根強い。

次期選挙の準備は過去の選挙と同様に、高等国家選挙委員会(High National Electoral Commission: HNEC)が進めている。2011年に設立されたHNECは国政選挙の運営・実施を任務とする独立機関であり、2012年から2014年にかけて2度の国政選挙を実施してきた。特定の省庁には属さず、議会(HOR)のみに報告義務を負う。2021年8月現在、25の地方事務所と約350人の職員を擁している。対立の激しい情勢下においても、中立で信頼できる独立機関としての立場を確立しており、HNECの現地事務所は東西双方の勢力から支援を受けていた。また、UNDPがPromoting Elections for the People of Libya (PEPOL)という事業を通じてHNECに対する技術支援を行っている。

次期の大統領・議会選挙に向けて、2021年7月4日から8月17日にかけて追加の有権者登録が行われ、HNECは登録者合計を286万人(有権者全体の約63%)と発表した。新規登録者は52万人であり、紛争の影響を受けて退避した2万5千人は不在者投票という扱いになる。これに若干の在外投票登録者が加算される見込みもある。

9月9日にはサーリフHORが承認・署名した大統領選挙法(後述)がHNECおよびUNSMILに送付され、直後にクビシュUNSMIL代表は同法を承認する声明を発出した。ただし、9月中旬時点では議会選挙法が未承認である。また、大統領選挙法はHORの承認決議を経たわけではなく、サーリフHOR議長が一方的に発表したものであるため、これをUNSMILが「承認」したことは反発を呼ぶ可能性がある。また、高等国家評議会(HCS)は選挙法の発効には同機関の承認が必要だと主張しており、今後拒絶すると見られている。そうなれば、HCSが影響力を持つリビア西部の勢力が選挙妨害に動く恐れもあり、依然として選挙プロセスは流動的である。

2021年8月時点で大統領選への出馬を表明している者は少数である。2018年3月、元UAE大使のアーリフ・ナイードが、大統領選への立候補を表明した。ナイードは1990年代後半からリビア通信公社に勤務し、現在はヨルダンに拠点を置くテレビ局を経営している。彼はエジプトとUAEから支援を受けているとされ、ハフタル支持を公言している。また、2021年7月末にはカッザーフィー前指導者の次男であるサイフ・イスラームが2011年の内戦終結後約10年ぶりに欧米メディアに登場し、大統領選への出馬や政界への再復帰を示唆した。ただし、サイフ・イスラームは国内および国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を発行されており、出馬には多くの制限があると考えられている。

国際社会は一致して次期選挙を支援しているものの、その内実は多様である。米国は「リビア・トラップ(政府や議会の任期が切れ、正統性が失われた状態が継続すること)」による政治の不安定化を回避するために、スケジュールに沿った確実な選挙実施を最優先としており、リビア国内の主要アクター及び関連する諸外国に圧力をかけながら、積極的な働きかけを行っている。大統領選挙法が発表された直後には、米・英・仏・独・伊の在リビア大使館が合同で、期日通りの選挙実施を支援する共同声明を発出した。この背景には、トルコがGNAと結んだ安全保障協力を盾に自国軍の撤退を拒絶していることから、新政府の設立によってトルコとの合意を破棄し、リビア国内からの外国軍・傭兵の撤退を進めたい思惑がある。一方で、トルコやロシアは新政府の設立による自国の影響力低減を防ぐべく、選挙日程の後ろ倒しに向けて水面下で様々な働きかけを行っているとされる。また、上述の通り選挙実施に向けた法的な正統性が不十分であったり、大統領選における政治的暴力のリスクがあることから、国連や欧米諸国からも性急な選挙実施への懸念が指摘されている。

大統領選挙法(2021年9月9日発表)

選挙概要

(第5条)国家元首(大統領)の地位をめぐる選挙戦は、国全体を対象とした単一の小選挙区制に基づいて行われる。大統領候補者が有効投票総数の50%+1票を獲得した場合、当選者とみなされる。投票日に有効投票総数の50%+1票を獲得した候補者がいない場合は、最大の有効投票数を獲得した候補者が第2回投票に参加し、第2回投票で最大の得票数を獲得した候補者を当選者とする(注:決選投票に参加可能な候補者の人数は明示されていない)。

(第16条)大統領選出のための手続きの開始日、選挙日、決選投票日は、HNECの提案に基づいてHORによって決定される。

(第17条)立候補登録は、HNECが指定する期間内(登録開始日から10以上30日以内)に、指定された様式でHNECに提出する必要がある。この際、必要な資料を別添する必要がある。

(第19条)HNECは立候補者の申請を審査し、憲法宣言や選挙関連法で定められた条件の充足について確認し、登録期限の終了後5日以内に立候補可否を決定する。

(第34条)投票期間は特定の日の朝8時から夜8時までとし、投票センターの代表が同センター内で投票手続き終了を宣言する。ただしセンター内に未投票の投票者がいる場合は、所定期間後も投票手続きを継続するものとする。投票手続きの終了が宣言された後、投票センター代表及びスタッフ、オブザーバー、候補者代理人の立ち会いのもと、投票所内で直ちに票の選別および集計が開始される。

(第37条)投票手続きの終了後、HNECは10日以内に結果速報を発表する。

大統領の権限(第15条)

  1. 国の外交関係を代表する。
  2. 首相の選出、組閣の指示、解任。副大統領の選出。ただし副大統領と首相は、大統領の出身地域以外の出身であり、それぞれが異なる地域出身であること。
  3. リビア軍の最高司令官としての職務。
  4. HORの承認後、総合情報局長官(Head of the General Intelligence Service)の任命・解任。
  5. 内閣が提出した外務大臣の提案に基づく、大使及び国際機関への代表の任命。
  6. 外国及び国際機関の代表者の認定。
  7. HORで承認された法律の1か月以内の発行。法案は指定された期間内に議会に差し戻されない限り、法的に発行されたとみなされる。
  8. 国際協定や条約の締結。ただしHORで批准されるまで効力を持たない。
  9. 国家安全保障会議(National Security Council)の承認及びその後10日以内のHORの承認を経た、緊急事態の宣言。戒厳令はHORの承認が得られるまで宣言されない。
  10. 閣僚会議(内閣)に出席する際にはその議長を務める。
  11. 憲法宣言および法律に規定されたその他の権限。

候補者の要件(第9条)

  1. リビア人のムスリムであり、リビア人ムスリムの両親を持つこと。
  2. 立候補の時点で他国の国籍を有していないこと。
  3. 配偶者がリビア人であること。
  4. 出馬登録日において40歳以上(西暦)であること。
  5. 認定された大学における学士号またはそれに相当する学位を取得していること。
  6. リビアの市民権を得ていること。
  7. 裁判所の最終判決において、重罪または道徳的に不適切な軽犯罪に関する有罪判決を受けていないこと。
  8. 大統領の職務遂行に十分な健康状態であること。
  9. リビア国内外の本人、妻、未成年の子供の固定資産及び動産の申告書を提出すること。
  10. HNECや関連委員会の職員、または投票センターの委員でないこと。
  11. その他、法律で定められた要件を満たしていること。
  12. (第12条)候補者は民間人、軍人を問わず、選挙日の3か月前に職務を停止すること。選出されなかった場合は以前の仕事に戻り、職務停止中の全ての給与が支払われる。

副大統領(第14条)

選出された大統領は、在任中に辞任、死亡、永続的に職務遂行が不可能になった等の理由で大統領の地位が空席になった場合に職務を遂行する、副大統領を任命する。(大統領の退任後)新しい大統領は3か月以内に選出される。副大統領の任命に際しては、大統領の選出と同じ条件(第9条)が適用される。

選挙監視・取材(第55条)

市民社会、関連する地域・国際機関、候補者の代理人は、HNECの承認を経て選挙手続きの監視に参加することができる。またメディアの代表者は、本法及び関連規則に従って、選挙を取材することができる。

続きを読む
2021年9月21日

リビア/政党

筆者は2019年10~11月に1,200人以上のリビア国民を対象として世論調査を実施したが、支持政党についての質問では、「どの政党も支持しない」という回答が全国平均で92%(西部93%、東部92%、南部93%)と圧倒的であった。2%以上の支持を得たのは「リベラル」とされる「国民勢力連合(National Forces Alliance)」とムスリム同胞団系の「公正建設党(Justice and Construction Party)」のみであった。

政党に対する支持の低さは、リビアでは1951年の独立からカッザーフィー政権期崩壊まで政党活動が禁じられており、政治における政党の役割が限定的であることが要因だと考えられる。本稿執筆時点で、比例代表方式による選挙が行われたのは2012年のGNC選挙のみであり、政党政治はリビア国内に定着していないと指摘できる。「国民勢力連合」と「公正建設党」は、2012年のGNC選挙において第1党、第2党となり、国内における政治的影響力が大きいとみなされてきた。しかし、政変後のリビアで要人の暗殺・誘拐、政党と関わりを持つ民兵組織による政府機関やインフラ施設の襲撃などが頻発し、政策でなく暴力によって政治が決定されてきた経緯から、リビア国民の政治に対する期待感が低下したと指摘できるだろう。

2021年12月に実施予定の国政選挙を見据えて、全国で約130の小規模政党が設立されたと報じられるが、多くの政党が新設であり、政策でなく特定の地域や部族によって構成された組織が大半であると指摘される。

続きを読む
2019年10月7日

リビア/補足

参考文献

続きを読む