国民議会選挙(2012年7月)
2011年10月20日のムアンマル・カッザーフィー(カダフィ)殺害後、反体制派勢力である国民暫定評議会のムスタファー・アブドルジャリール議長は10月23日に「リビア全土の解放」を宣言した。「憲法宣言」第30条には、リビアの解放(カッザーフィー政権の崩壊)宣言後、国民暫定評議会は移行政府として再編成され、3ヶ月以内に①国民議会(GNC)選挙のための法案整備、②高等選挙委員会の任命、③GNC選挙への呼びかけを行うことが定められていた。また、リビアの解放後8ヶ月以内に国政選挙を行い、それから1年以内に議会と大統領選挙を実施すると定められていた。
2012年7月7日、GNC選挙が実施された。定数の200議席のうち80議席が政党別に選出される比例代表方式、残りの120議席が個人選出方式に割り当てられた。人口比などに基づき、国内主要3地域の議席配分は、首都トリポリを含めた西部100、東部60、南部40と定められた。女性や少数民族向けの議席割り当て(クォータ)はなかった。
選挙では、142の政党から合計で約3,700人(個人候補者約2,500人、比例代表候補者約1,200人)が立候補し、女性候補者も600人を超えた。選挙委員会の発表によれば、投票率は約60%(投票者170万人/登録有権者約280万人)という結果となった。
しかし、議席配分に不満をもつ東部地域では、連邦化や東部の自治権向上を主張する勢力がボイコットを呼びかけた。放火されたり、脅迫により閉鎖されたりした投票所もあった。
議席を獲得した政党は以下の通りである。
- 国民勢力連合:39 議席(得票率 48.8%)
- 公正発展党(ムスリム同胞団系):17 議席(21.3%)
- 国民戦線党:3 議席(3.8%)
- 民主主義と開発のための Wadi Al-Hayah 党:2 議席(2.5%)
- 祖国のための連盟:2 議席(2.5%)
- 国民中道潮流:2 議席(2.5%)
- その他:15 議席(18.8%)
「憲法起草委員会」選挙(2014年2月)
2014年2月20日、憲法起草委員会(Constitutional Drafting Assembly)の選挙が実施された。「憲法宣言」ではGNCが60人の憲法起草委員を任命すると定められていたが、2012年7月の国民会議選挙の直前に、国民暫定評議会が同宣言を修正し、憲法起草委員会を国民投票によって選出すると決定した。そして、2013年4月にGNCが同委員会の選挙の実施を決議した。
「60人委員会」とも呼ばれる憲法起草委員会の60議席は西部、東部、南部の3地域に各20席に振り分けられ、そのうち女性に6議席、少数民族(ベルベル、トゥアレグ、トゥーブ)に2議席ずつが割り当てられた。GNC議員、国民暫定評議会議員、カッザーフィー政権の幹部、軍人、過去に有罪判決を受けた者には立候補資格は与えられなかった。すべての議席は個人選出方式に割り当てられた。
定員60名に対して立候補は649人(うち女性64人、少数民族20人)であった。選挙日が公式に発表されたのは2014年1月下旬(選挙日の約3週間)であり、有権者が候補者に関する情報を得る機会は限定的であったとの指摘もある。さらに、ベルベル(アマージグ)とトゥーブの人々が、少数民族向けの議席割当(2席ずつ)は過小であり、憲法にマイノリティの権利が反映されないとして本選挙をボイコットした。治安の悪化や地元住民の反発により、1,496の投票所のうち115か所では投票が実施されなかった(このうち一部では再選挙が実施された模様である)。
結果として、有権者登録は約110万人、そのうちの投票率は約46%(投票者約50万人/登録有権者約110万人)にとどまった。60議席のうち13議席は空席となった。
代表議会選挙(2014年6月)
2014年6月25日、代表議会(HOR)選挙が実施された。GNC選挙とは異なり、定数の200議席のすべてが個人選出方式に割り当てられた。これは、選挙運動が暴力化や政党間の抗争を防ぐためだとされる。32議席は女性に割り当てられた。
選挙では、1,714人(男性1,562人、女性152人)が立候補した。ただし、カッザーフィー政権の元職員が公職に就くことを禁止する「政治的隔離法」にもとづき、41人の候補者は資格をはく奪された。
GNCの機能不全やリビア全土での治安悪化などを受けて、政治に対する国民の信頼は低下しており、有権者登録数は約151万人、投票率は42%(投票者63万人/登録有権者約151万人)という結果となった。2012年のGNC選挙と比較すると、投票者は約110万人、登録有権者は約130万人減少した。投票所の閉鎖や候補者の不在といった理由から12の議席は埋まらなかったが、再選挙は実施されなかった。
あくまで暫定的立法府であったGNCとは異なり、GNCは正式な立法府と位置付けられた。しかし、GNCの発足をもって解散する予定であったGNCの一部の議員が、GNCの設立手続きが違法であるとしてGNCの存続を主張し、独自の内閣である「国民救済政府(National Salvation Government)」を形成した。ここにおいて、リビアの東西に2つの政府が並存する事態が発生した。GNC(在トリポリ)とGNC(在トブルク)の対立は全国に拡大し、リビア国内の治安悪化やジハード主義組織の伸長につながった。
次期大統領・議会選挙に向けて
暫定政権である国民統一政府(GNU)は2021年12月24日の選挙実施を最大のマンデートとしているが、HORやHCS(GNCを母体とする政府諮問機関)は政治的利権の維持など独自の思惑を持って動いており、選挙プロセスは難航している。HORは選挙法案の決議を先延ばしし続けているほか、選挙によって既得権益を失うことを恐れる政治勢力を中心に、国政選挙に先駆けて、時間がかかる国民投票を通じた憲法制定を行うべきとの主張が繰り返されている。また、国民の間では、大統領に強大な権力が付与されることによる独裁体制の復活や国内対立の激化を恐れる意見も根強い。
次期選挙の準備は過去の選挙と同様に、高等国家選挙委員会(High National Electoral Commission: HNEC)が進めている。2011年に設立されたHNECは国政選挙の運営・実施を任務とする独立機関であり、2012年から2014年にかけて2度の国政選挙を実施してきた。特定の省庁には属さず、議会(HOR)のみに報告義務を負う。2021年8月現在、25の地方事務所と約350人の職員を擁している。対立の激しい情勢下においても、中立で信頼できる独立機関としての立場を確立しており、HNECの現地事務所は東西双方の勢力から支援を受けていた。また、UNDPがPromoting Elections for the People of Libya (PEPOL)という事業を通じてHNECに対する技術支援を行っている。
次期の大統領・議会選挙に向けて、2021年7月4日から8月17日にかけて追加の有権者登録が行われ、HNECは登録者合計を286万人(有権者全体の約63%)と発表した。新規登録者は52万人であり、紛争の影響を受けて退避した2万5千人は不在者投票という扱いになる。これに若干の在外投票登録者が加算される見込みもある。
9月9日にはサーリフHORが承認・署名した大統領選挙法(後述)がHNECおよびUNSMILに送付され、直後にクビシュUNSMIL代表は同法を承認する声明を発出した。ただし、9月中旬時点では議会選挙法が未承認である。また、大統領選挙法はHORの承認決議を経たわけではなく、サーリフHOR議長が一方的に発表したものであるため、これをUNSMILが「承認」したことは反発を呼ぶ可能性がある。また、高等国家評議会(HCS)は選挙法の発効には同機関の承認が必要だと主張しており、今後拒絶すると見られている。そうなれば、HCSが影響力を持つリビア西部の勢力が選挙妨害に動く恐れもあり、依然として選挙プロセスは流動的である。
2021年8月時点で大統領選への出馬を表明している者は少数である。2018年3月、元UAE大使のアーリフ・ナイードが、大統領選への立候補を表明した。ナイードは1990年代後半からリビア通信公社に勤務し、現在はヨルダンに拠点を置くテレビ局を経営している。彼はエジプトとUAEから支援を受けているとされ、ハフタル支持を公言している。また、2021年7月末にはカッザーフィー前指導者の次男であるサイフ・イスラームが2011年の内戦終結後約10年ぶりに欧米メディアに登場し、大統領選への出馬や政界への再復帰を示唆した。ただし、サイフ・イスラームは国内および国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を発行されており、出馬には多くの制限があると考えられている。
国際社会は一致して次期選挙を支援しているものの、その内実は多様である。米国は「リビア・トラップ(政府や議会の任期が切れ、正統性が失われた状態が継続すること)」による政治の不安定化を回避するために、スケジュールに沿った確実な選挙実施を最優先としており、リビア国内の主要アクター及び関連する諸外国に圧力をかけながら、積極的な働きかけを行っている。大統領選挙法が発表された直後には、米・英・仏・独・伊の在リビア大使館が合同で、期日通りの選挙実施を支援する共同声明を発出した。この背景には、トルコがGNAと結んだ安全保障協力を盾に自国軍の撤退を拒絶していることから、新政府の設立によってトルコとの合意を破棄し、リビア国内からの外国軍・傭兵の撤退を進めたい思惑がある。一方で、トルコやロシアは新政府の設立による自国の影響力低減を防ぐべく、選挙日程の後ろ倒しに向けて水面下で様々な働きかけを行っているとされる。また、上述の通り選挙実施に向けた法的な正統性が不十分であったり、大統領選における政治的暴力のリスクがあることから、国連や欧米諸国からも性急な選挙実施への懸念が指摘されている。
大統領選挙法(2021年9月9日発表)
選挙概要
(第5条)国家元首(大統領)の地位をめぐる選挙戦は、国全体を対象とした単一の小選挙区制に基づいて行われる。大統領候補者が有効投票総数の50%+1票を獲得した場合、当選者とみなされる。投票日に有効投票総数の50%+1票を獲得した候補者がいない場合は、最大の有効投票数を獲得した候補者が第2回投票に参加し、第2回投票で最大の得票数を獲得した候補者を当選者とする(注:決選投票に参加可能な候補者の人数は明示されていない)。
(第16条)大統領選出のための手続きの開始日、選挙日、決選投票日は、HNECの提案に基づいてHORによって決定される。
(第17条)立候補登録は、HNECが指定する期間内(登録開始日から10以上30日以内)に、指定された様式でHNECに提出する必要がある。この際、必要な資料を別添する必要がある。
(第19条)HNECは立候補者の申請を審査し、憲法宣言や選挙関連法で定められた条件の充足について確認し、登録期限の終了後5日以内に立候補可否を決定する。
(第34条)投票期間は特定の日の朝8時から夜8時までとし、投票センターの代表が同センター内で投票手続き終了を宣言する。ただしセンター内に未投票の投票者がいる場合は、所定期間後も投票手続きを継続するものとする。投票手続きの終了が宣言された後、投票センター代表及びスタッフ、オブザーバー、候補者代理人の立ち会いのもと、投票所内で直ちに票の選別および集計が開始される。
(第37条)投票手続きの終了後、HNECは10日以内に結果速報を発表する。
大統領の権限(第15条)
- 国の外交関係を代表する。
- 首相の選出、組閣の指示、解任。副大統領の選出。ただし副大統領と首相は、大統領の出身地域以外の出身であり、それぞれが異なる地域出身であること。
- リビア軍の最高司令官としての職務。
- HORの承認後、総合情報局長官(Head of the General Intelligence Service)の任命・解任。
- 内閣が提出した外務大臣の提案に基づく、大使及び国際機関への代表の任命。
- 外国及び国際機関の代表者の認定。
- HORで承認された法律の1か月以内の発行。法案は指定された期間内に議会に差し戻されない限り、法的に発行されたとみなされる。
- 国際協定や条約の締結。ただしHORで批准されるまで効力を持たない。
- 国家安全保障会議(National Security Council)の承認及びその後10日以内のHORの承認を経た、緊急事態の宣言。戒厳令はHORの承認が得られるまで宣言されない。
- 閣僚会議(内閣)に出席する際にはその議長を務める。
- 憲法宣言および法律に規定されたその他の権限。
候補者の要件(第9条)
- リビア人のムスリムであり、リビア人ムスリムの両親を持つこと。
- 立候補の時点で他国の国籍を有していないこと。
- 配偶者がリビア人であること。
- 出馬登録日において40歳以上(西暦)であること。
- 認定された大学における学士号またはそれに相当する学位を取得していること。
- リビアの市民権を得ていること。
- 裁判所の最終判決において、重罪または道徳的に不適切な軽犯罪に関する有罪判決を受けていないこと。
- 大統領の職務遂行に十分な健康状態であること。
- リビア国内外の本人、妻、未成年の子供の固定資産及び動産の申告書を提出すること。
- HNECや関連委員会の職員、または投票センターの委員でないこと。
- その他、法律で定められた要件を満たしていること。
- (第12条)候補者は民間人、軍人を問わず、選挙日の3か月前に職務を停止すること。選出されなかった場合は以前の仕事に戻り、職務停止中の全ての給与が支払われる。
副大統領(第14条)
選出された大統領は、在任中に辞任、死亡、永続的に職務遂行が不可能になった等の理由で大統領の地位が空席になった場合に職務を遂行する、副大統領を任命する。(大統領の退任後)新しい大統領は3か月以内に選出される。副大統領の任命に際しては、大統領の選出と同じ条件(第9条)が適用される。
選挙監視・取材(第55条)
市民社会、関連する地域・国際機関、候補者の代理人は、HNECの承認を経て選挙手続きの監視に参加することができる。またメディアの代表者は、本法及び関連規則に従って、選挙を取材することができる。