国民合意政府(2016年1月〜2021年3月)
カッザーフィー政権崩壊後、2012年7月の選挙を経て国民議会(GNC)と新内閣が発足したが、同議会の一部議員が2014年6月の代表議会(HOR)設立に抵抗し、傘下の民兵組織を動員してHORを攻撃した。このため、HORは首都トリポリから退避し、東部の都市トブルクに議会本部を設置した。これがいわゆる「東西対立」の発端である。GNCとHORの対立は行政の不機能や治安悪化、アルカーイダや「イスラーム国」などジハード主義組織の伸長につながったため、国連や欧米、周辺諸国が和平調停を進め、モロッコでのGNC・HOR間の協議によって2015年12月17日、「リビア政治合意」が締結された。
同合意は統一政府である国民合意政府(GNA)を樹立し、 HORを立法府として、GNCを高等国家(HCS)に改称して政府の諮問機関とすることを定めた。2016年1月に発足したGNAは、2021年3月のGNU発足まで「正式な政権」として国際的に承認されていた。同政府においてはファーイズ・サッラージュ首相が「首脳評議会(PC)」の議長を兼任し、PCは首相1名、副首相3名(東・西・南の地域から1名ずつ)、国務大臣2名で構成されていた。
「リビア政治合意」の狙いは、対立していたHORとGNCを新政府の下に統合し、国内対立を解消することであったが、今度はGNAとHORの対立が勃発した。HORはGNAの信任投票を行わなかったため、同政府の法的基盤は2021年3月の解散まで脆弱なままであった。また、HORは東部のトブルクに拠点を置いたまま、東部独自の内閣や中央銀行、石油公社、その他政府機関を設立してGNAに対抗した。これにより、東西政府機関の統合が政治プロセス進展や国民生活改善の障害となっている。さらに、HORがハリーファ・ハフタル率いる軍事組織「リビア国民軍(LNA、後述)」を支援したことで、国内の軍事対立が激化した。
大統領・議会選挙に向けた動き(2017~2019年)
2017年頃から、リビアの統治機構の再編と政治・治安の安定化を進めるため、選挙を求める声が主に国外で高まるようになった。 GNAは発足以来リビア全土を統治したことはなく、政治機構も脆弱で、リビアの安定化を主導することは難しいとみられていた。不安定なリビアが地中海を越える移民の玄関口となり、ジハード主義組織や武装勢力の拠点となり、治安悪化に伴う原油生産量の乱高下がグローバルな石油価格の変動要因となっている現状は、周辺国にとって大きな脅威だと認識されてきた。
さらに、GNAの任期の問題もあった。リビア政治合意には、GNAの任期は HORによる信任決議から1年間とされ、この間に憲法が制定されなければ1年のみ延長が認められると明記されている。また、憲法がGNA設立後2年以内に制定された場合は、その時点で任期が終了する。GNAが最初の会合を行ったのは2016年1月6日であり、これを起点とすれば2018年1月6日でGNAの任期は終了することになる(ただしHORはGNAの信任投票を行わなかったため、GNAの任期のカウントダウンはそもそも始まっていなかったというロジックも成り立つ)。
2017年9月20日、国連リビア支援ミッション(United Nations Support Mission in Libya: UNSMIL)のサラーマ代表は、リビアを安定化させるための「アクション・プラン」を発表した。それは、①全土での国民対話の実施、②リビア政治合意の修正とGNAの組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備という4つの柱からなる。また、UNSMILは2017年末の時点で、リビアの移行期間は2018年で完了すると述べ、同年中に大統領選挙を予定していることを明らかにした。
2018年5月29日、フランス・パリにおいて、リビアの諸勢力を招いた会談が行われた。この会談で、遅くとも同年12月10日までの大統領・議会選挙の実施および9月16日までの憲法草案と選挙法案の制定で合意された。しかし、大統領制を導入するための準備は進まなかった。カッザーフィー政権崩壊後のリビアは議院内閣制を採用しており、大統領に付与される権限、大統領と軍、議会および内閣との関係、議会の規模などを取り決めるための法的枠組みは存在しなかった。また、国軍の最高指揮権や任命権、中央政府と地方政府の関係なども不透明なままであった。
これらを規定するのが憲法と選挙関連法案ということになるが、立法権を持つHORは憲法制定のための国民投票に関する法案審議を何度も延期してきた。このため、高等選挙委員会(HNEC)も法的・技術的な準備を進められず、選挙が2018年中に行われることはなかった。2019年2月のミュンヘン安全保障会議にて、サラーマUNSMIL代表は、大統領・議会選挙の実施は「2019年末が最も現実的だ」と述べた。そして、選挙プロセスを進めるために「国民対話」を行い、国内で対立する諸勢力の和平調停を行うと発表した。しかし、ハフタル司令官率いる「リビア国民軍(LNA)」が2019年4月からトリポリ侵攻を開始したことで、選挙や国民和解の動きは頓挫した(後述)。
トリポリ周辺での衝突(2019年4月~2020年10月)
2019年4月4日、ハフタルLNA総司令官は傘下の部隊にトリポリへの進軍を命じ、 LNAはリビア東部と南西部からトリポリに迫った。これをGNA傘下の軍や同政府を支援する民兵組織が迎え討ち、大規模な武力衝突に展開した。国連リビア支援ミッション(UNSMIL)は、2019年だけで戦闘による避難者が20万人を超えたと発表するなど、甚大な人道被害が発生した。
さらに、LNAをUAE、サウジアラビア、エジプトが、GNAをトルコが支援し、武器や戦闘員、軍事資金を提供したことで、紛争は国際化して「代理戦争」の様相を呈した。特に、ロシアは2019年9月頃からプーチン政権に近い民間軍事会社Wagnerの兵員を投入して、LNAへの軍事支援を強めた。サラーマUNSMIL代表は国連安保理にて人道状況の悪化に警鐘を鳴らし、同時に諸外国の軍事支援が戦況を激化させていると非難した。
戦況は膠着していたが、2019年11月のサッラージュGNA首相とエルドアン・トルコ大統領との会談で、両者は①両国間の安全保障協力、特にトルコからリビアへの軍事支援に関する覚書と、②東地中海における両国間の海洋境界設定に関する覚書に署名した。これを受けて、2020年初頭からトルコは軍事ドローンや装甲車とともにシリア人戦闘員のべ1万5千人以上を送り込み、GNAへの軍事支援を強化した。この結果、2020年6月上旬にGNA勢力がトリポリ周辺を制圧し、LNAは東部および南西部に撤退した。
LNAの撤退による戦況変化を受けて、国際社会は停戦調停を強化させた。2020年8月21日、GNAとHORが停戦合意を発表し、すべての勢力に対する戦闘の即時停止を求め、2021年3月までの大統領・議会選挙実施を提案した。10月23日にはGNAとLNAの軍事代表団がスイス・ジュネーブにて停戦合意に署名し、両勢力の戦闘を即時停止し、3か月以内に全ての傭兵や外国人戦闘員をリビアから退去させることで合意した。
その後、UNSMILの主導により、停戦合意の確認や選挙実施に向けた政治協議「リビア政治対話フォーラム(LPDF)」が10月下旬にオンラインで、11月上旬にチュニジアで開催された。LPDFでは停戦の実現と持続、18か月以内(2022年5月まで)の選挙実施が合意された。同フォーラムに参加する75人の代表( UNSMILが選定)は、公平性を担保するために新政府において公職に就く権利を放棄した。
国民統一政府の発足と選挙に向けた動き(2021年3月~)
LPDFでの協議を受けて、2021年1月30日にUNSMILは新統一政府の首脳候補者45人を発表した。首相および「首脳評議会(PC)」の議長と副議長(2人)の選出に向けて4つの候補者リストが示され、LPDF参加者75人が投票する形を取った。2月5日の第1回投票、続く決選投票の結果、首相に実業家のアブドゥルハミード・ドベイバ、PC議長(大統領級)にギリシャ大使などを務めたムハンマド・ユーヌス・メンフィー、同副議長にトゥアレグ族出身の政治家ムーサー・クーニー、および代表議会(HOR)議員アブドゥッラー・ラーフィーが選出された。新政府の任期は、12月24日予定の大統領・議会選挙までとなる。
3月10日、リビアの立法機関であるHORは、新政府「国民統一政府(Government of National Unity: GNU)」およびダバイバ首相率いる新内閣を承認した。GNAも遅滞なく行政権を委譲した。HORの議員ほぼ全員の新政府承認決議への出席、トリポリ政府に反発し続けてきたサーリフHOR議長や東部政府による新内閣の承認、LPDFのスケジュールに概ね沿った形での新内閣承認は、いずれも大きな政治的成果である。国連の粘り強い働きかけに加え、国内外で政治プロセス進展への期待が高まったことが要因とされる。
GNUは発足後、UNSMILや国際社会の支援を受けながら、2021年12月の選挙に向けた政治プロセスや国内の和解・調整を進めているが、東西の政府機関や国軍の統合、外国軍・外国人戦闘員および外国人傭兵のリビアからの撤退、行政サービスや基礎インフラの復旧、民兵問題、移民問題等、対処すべき課題は山積している。このような中、治安問題、選挙法制定及び憲法基盤をめぐる合意形成の遅れ等を背景として、期日通りの選挙実施が危ぶまれる向きもある(選挙の項目で詳述)。
なお、日本政府は国連開発計画(UNDP)を通じた国政選挙支援(選挙機材の提供)、JICAを通じた司法や経済産業開発に関する技術協力、国連機関を通じた人道・社会安定化支援により、リビアの政治プロセスを支援している。
ハリーファ・ハフタル
内戦以降のリビアの政治プロセスに大きな影響を与えてきたのが、リビア東部を実効支配する軍事組織「リビア国民軍(Libyan National Army: LNA)」のハリーファ・ハフタル司令官である。
ハフタル(1943年生)はカッザーフィーによる1969年のクーデターの同志であり、1986年にリビア・チャド紛争(1978〜1987年)の司令官となるが、敗戦しチャドにて投獄された。その後は米国に約20年間在住したが、2011年のリビア政変時に帰国し、反カッザーフィー勢力を軍事的に指揮して台頭した。2014年5月にはリビア東部にてLNAを率い、国軍、部族勢力、民兵組織などの諸勢力と「尊厳作戦(Operation Dignity)」を立ち上げ、リビア国内のアルカーイダ系組織を含むイスラーム主義勢力への攻撃を開始した。また、2015年3月にはHORの軍総司令官に就任した。
LNAはジハード主義組織やイスラーム主義系の民兵組織に軍事的に対抗できるほぼ唯一の勢力であり、エジプトやUAE、サウジアラビアといった域内諸国だけでなく、欧米やロシアからも支援を受けた。しかし、ハフタルは2016年の「リビア政治合意」とGNA設立を外国の内政干渉として批判し、GNCの強硬派と連携してGNAに反発した。GNAの治安維持・法執行能力は脆弱であり、当時LNAは国軍や警察を凌ぐ軍事力を有していた。また、リビア東部地域を実効支配し、諸外国の支援を受けて支配圏を拡大した。
2019年1月、LNAはリビア南西部に進軍し、敵対する地元の民兵組織などを掃討して拠点を確保した。これによりハフタルの勢力圏は東部だけでなく南西部へと拡大され、主要な油田の大部分も同軍の支配下に入った。自信を高めたハフタルは2019年4月にLNAに対してトリポリ侵攻を命じる(前述)が失敗に終わり、2021年3月のGNU発足を受けて軍事力および政治力は大きく減衰した。しかし、2021年5月にはLNA設立7周年を祝う大規模な軍事パレードを東部で開催したり、東部や南西部で「対テロ作戦」を名目とした軍事活動を継続するなど、依然として一定程度の影響力を維持している。今後は12月に予定される大統領・議会選挙をめぐる動向が注目される。
他方で、ハフタルは高齢に加えて健康面でも不安を抱えており、その影響力は持続的ではないとの見方もある。現在は、長男サッダーム、次男ハーリドに加えて、同じファルジャーニ部族出身の2人を加えた4人のLNA高官が「ポスト・ハフタル」における重要人物だとみなされている。ただし、LNAはハフタル個人の圧倒的な影響力や諸外国とのネットワークによって存続しており、彼が病気や死亡によって不在になればLNAは求心力を失い、内部抗争が激化するという見方が強い。
国連リビア支援ミッション
国連リビア支援ミッション(UNSMIL)は内戦中の2011年9月に「国連安保理決議2009号」によって設立が承認された。その主な目的は以下の通りと定められている。
- 公共の安全および秩序を回復し、また法の支配を促進すること
- 包括的な政治的対話を行い、国民和解を促進し、また憲法起草と選挙プロセスを始めること
- 説明責任のある制度と公共サービスの回復強化を含む、国の権限を拡大すること
- 人権、特に脆弱な集団に属する者に対するものを促進し保護すること、および移行期司法を支援すること
- 初期の経済回復のために要求される迅速な措置を講じること
- 適切な場合には、他の多数の関係者および両関係者から要請される支援を調整すること
UNSMILはリビアの和平や国家建設に取り組み、全国・地方選挙、2016年リビア政治合意の締結、対立する諸勢力の調停、諸外国のリビア支援の調整などを行ってきた。しかし、米、露、仏といった国連安保理の常任理事国がリビアに対して独自の関与を続ける中で、UNSMILおよび国連はリビアの安定化に向けた取り組みを進めることができなかった。
2017年からUNSMIL代表の座についたレバノン人のガッサーン・サラーマはリビア安定化に向けた「アクション・プラン」を発表し、①全土での国民対話会議、②「リビア政治合意」の修正と GNAの組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備を進めようとした。しかし、エジプト、UAE、フランス、イタリアが国連との十分な調整を行わないままに独自の「和平会議」を開催したことで、国連主導の政治プロセスは阻害された。さらに、2019年4月以降のトリポリ周辺での衝突を受けて国民対話会議や大統領・議会選挙が暗礁に乗り上げ、諸外国の利害対立によってリビア安定化のための国際的な協力も進まない中、2020年3月にサラーマ代表の辞職が発表された。
サラーマ代表の辞職以後、それまでUNSMIL副代表を務めていた米国人外交官のステファニー・ウィリアムズが代表代行に就任し、GNAとLNAの停戦、国内和解と政治プロセスの進展、諸外国の軍事介入の停止を精力的に進めた。この結果、LPDFでの議論を通じてGNUの設立や2021年12月24日を目標とする大統領・議会選挙の実施が合意された。2021年1月には在レバノン国連特別調整官や国連イラク支援ミッション(UNAMI)代表などを務めたジャン・クビシュが国連事務総長特使・UNSMIL代表として着任した。また、2020年12月からジンバブエ出身のライセドン・ゼネンガが副代表・ミッション調整官を、2021年1月からカナダ出身のジョルジェット・ギャノンが副代表・常駐調整官(人道・人権担当)を務めている。