リビア政治合意と国民合意政府

「リビア政治合意」とは、2015年12月17日に締結された、統一政府を樹立してリビア国内の政治対立の調停と平和構築を進める和平案である。

2012年7月の選挙を経て誕生した国民議会は、2014年6月の代表議会設立に抵抗し、傘下の民兵組織を動員して代表議会を攻撃した。これにより国内対立が激化し、治安悪化やジハード主義組織の伸長につながったため、国連や欧米、周辺諸国が和平調停を進め、リビア政治合意締結を主導した。

この合意によって2016年1月に発足した国民合意政府は、2019年9月に至るまで「正式な政権」として国際的に承認されている。同政府は行政機関、代表議会は立法機関、国家高等評議会(前・国民議会)は国民合意政府の諮問機関と定められた。国民合意政府の首相および執行評議会議長は、発足以来ファーイズ・サッラージュが務めている。しかし、代表議会は国民合意政府の信任投票を行っておらず、東部のトブルクに拠点を置き、独自の内閣や中央銀行、石油公社を持ち、国民合意政府に対抗している。

次期大統領・議会選挙の展望

2017年頃から、リビアの統治機構の再編と政治・治安の安定化を進めるため、選挙を求める声が主に国外で高まるようになった。国民合意政府は発足以来リビア全土を統治したことはなく、政治機構も脆弱で、リビアの安定化を主導することは難しいとみられている。不安定なリビアが地中海を越える移民の玄関口となり、ジハード主義組織や武装勢力の拠点となり、治安悪化に伴う原油生産量の乱高下がグローバルな石油価格の変動要因となっている現状は、周辺国にとって極めて大きな脅威だと認識されている。

さらに、国民合意政府の任期の問題もある。リビア政治合意には、国民合意政府の任期は代表議会による信任決議から1年間であり、この間に憲法が制定されなければ、1年のみ延長が認められると明記されている。憲法が国民合意政府設立後2年以内に制定された場合は、その時点で任期が終了する。国民合意政府が最初の会合を行ったのは2016年1月6日であり、これを起点とすれば2018年1月6日で国民合意政府の任期は終了することになる。ただし、代表議会は国民合意政府の信任投票を行っていないため、国民合意政府の任期のカウントダウンはそもそも始まっていないというロジックも成り立つ。

2017年9月20日、国連リビア支援ミッション(United Nations Support Mission in Libya: UNSMIL)の代表ガッサーン・サラーマは、リビアを安定化させるための「アクション・プラン」を発表した。それは、①全土での国民対話の実施、②リビア政治合意の修正と国民合意政府の組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備という4つの柱からなる。また、UNSMILは2017年末の時点で、リビアの移行期間は2018年で完了すると述べ、同年中に大統領選挙を予定していることを明らかにした。

2018年5月29日、フランス・パリにおいて、リビアの諸勢力を招いた会談が行われた。この会談で、遅くとも同年の12月10日までに大統領・議会選挙を行うこと、および9月16日までに憲法草案と選挙実施に必要となる法案を制定することで合意された。しかし、大統領制を導入するための準備は進まなかった。カッザーフィー政権崩壊後のリビアは議院内閣制を採用しており、大統領に付与される権限、大統領と軍、議会および内閣との関係、議会の規模などを取り決めるための法的枠組みは存在しない。また、国軍の最高指揮権や任命権、中央政府と地方政府の関係なども不透明なままであった。

これらを規定するのが憲法と選挙関連法案ということになるのだが、立法権を持つ代表議会は憲法制定のための国民投票に関する法案審議を何度も延期してきた。代表議会が選挙関連法案を採択しなければ、高等選挙委員会も選挙を実施することができず、選挙が2018年中に行われることはなかった。2019年2月16日のミュンヘン安全保障会議にて、サラーマUNSMIL代表は、大統領・議会選挙の実施は「2019年末が最も現実的だ」と述べた。そして、選挙プロセスを進めるために「国民対話」を行い、国内で対立する諸勢力の和平調停を行うと発表した。

ハリーファ・ハフタル

内線以降のリビアの政治プロセスに大きな影響を与えてきたのが、リビア東部を実効支配する軍事組織「リビア国民軍(Libyan National Army)」のハリーファ・ハフタル司令官である。

ハフタルは、カッザーフィーによる1969年のクーデターの同志であり、1986年にリビア・チャド紛争(1978〜1987年)の司令官となるが、敗戦しチャドにて投獄された。その後は米国に約20年間在住したが、2011年のリビア政変時に帰国し、反カッザーフィー勢力を軍事的に指揮して台頭した。2014年5月には、リビア東部にて軍事組織「リビア国民軍」を率い、国軍、部族勢力、民兵組織などの諸勢力と「尊厳作戦(Operation Dignity)」を立ち上げ、リビア国内のアルカーイダ系組織やISへの攻撃を開始した。また、2015年3月には代表議会の軍総司令官に就任した。

「リビア国民軍」はジハード主義組織に対して軍事的に対抗できるほぼ唯一の勢力であり、エジプトやUAE、サウジアラビアといった域内諸国だけでなく、欧米からも支援を受けた。しかし、ハフタルは2016年のリビア政治合意と国民合意政府設立を外国の内政干渉として批判し、代表議会の強硬派と連携して国民合意政府への協力を拒絶した。

「リビア国民軍」はリビア国内において国軍や警察を凌ぐ軍事力を有し、国民合意政府と同等かそれ以上の政治力を持つ。また、リビア東部地域を実効支配し、諸外国の支援を受けて支配圏を拡大している。2019年1月、「リビア国民軍」はリビア南西部に進軍し、地元の民兵組織などを掃討した。これにより、ハフタルの勢力圏は東部~南西部へと拡大され、主要な油田の大部分も同軍の支配下に入った。

トリポリ周辺での衝突

2019年4月4日、ハリーファ・ハフタルは傘下の「リビア国民軍」に対してトリポリへの進軍を命じ、同軍はリビアの東部と南西部からトリポリに迫った。これを国民合意政府傘下の軍や同政府を支援する民兵組織が迎え討ち、大規模な武力衝突が発生した。トリポリ周辺での両者の戦闘は2019年9月現在まで継続しており、出口は見えていない。WHOは7月15日時点で死者1,093人、負傷者5,752人、避難者10万人以上と報告した。さらに、「リビア国民軍」をUAE、サウジアラビア、エジプトが、国民合意政府を支援する民兵組織をトルコが支援しており、「代理戦争」の様相を呈している。

4月には国連主導の「国民対話会議」が予定されていたが、戦闘により中止を余儀なくされた。また、2019年中に予定されていた大統領・議会選挙の実施可能性も大きく損なわれた。従来からハフタルを支持してきたフランス、ロシア、米国(トランプ政権)もハフタルへの圧力を高めておらず、国連や欧米としての一致した対応は出ていない。サラーマUNSMIL代表は国連安保理にて、戦闘が短期的に収束する兆候はないとして、人道状況の悪化に警鐘を鳴らした。同時に、諸外国の軍事支援が戦況を激化させていると非難した。

国連リビア支援ミッション

国連リビア支援ミッション(United Nations Support Mission in Libya: UNSMIL)は内戦中の2011年9月に「国連安保理決議2009号」によって設立が承認された。その主な目的は以下の通りと定められている。

  1. 公共の安全および秩序を回復し、また法の支配を促進すること
  2. 包括的な政治的対話を行い、国民和解を促進し、また憲法起草と選挙プロセスを始めること
  3. 説明責任のある制度と公共サービスの回復強化を含む、国の権限を拡大すること
  4. 人権、特に脆弱な集団に属する者に対するものを促進し保護すること、および移行期司法を支援すること
  5. 初期の経済回復のために要求される迅速な措置を講じること
  6. 適切な場合には、他の多数の関係者および両関係者から要請される支援を調整すること

UNSMILはリビアの和平や国家建設に取り組み、全国・地方選挙、2016年リビア政治合意の締結、対立する諸勢力の調停、諸外国のリビア支援の調整などを行ってきた。しかし、米、露、仏といった国連安保理の常任理事国がリビアに対して独自の関与を続ける中で、UNSMILおよび国連はリビアの安定化に向けて実効的な施策を打ち出せていない。

2017年からUNSMIL代表の座についたレバノン人のガッサーン・サラーマはリビア安定化に向けた「アクション・プラン」を発表し、①全土での国民対話会議、②「リビア政治合意」の修正と国民合意政府の組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備を進めようとした。しかし、エジプト、UAE、フランス、イタリアが国連との十分な調整を行わないままに独自の「和平会議」を開催したことで、国連主導の政治プロセスは阻害された。

さらに、2019年4月以降のトリポリ周辺での衝突を受けて国民対話会議や大統領・議会選挙が暗礁に乗り上げる中、UNSMILは多くの課題を抱えている。