最近の政治変化
イラン
2021年8月30日

イラン/最近の政治変化

1979年の革命から現在まで続くイランのイスラーム共和制下では、国家元首である最高指導者をはじめとするイスラーム法学者が軍や司法府など国家の治安機構全てを掌握している。すなわち、国家に対する抗議行動には容赦のない弾圧が待ち受けている。それにもかかわらず、イランではこれまで幾度も大規模な抗議運動が発生してきた。

革命後最大規模の抗議運動と言われているのが、2009年6月第10期大統領選挙後の不正選挙を訴えるデモである。アフマディーネジャードの再選が報じられた後、落選候補であるムーサビー(元首相)、キャッロビー(元国会議長)の選挙陣営が結果を認めず、彼らの支持者数千人が首都テヘランや主要都市においてデモに参加した。だが、デモの要求(選挙のやり直し)は認められず、体制による弾圧で幕を閉じた。デモを扇動した罪でムーサビー、キャッロビーは逮捕され、自宅軟禁に置かれ政界から遠ざけられた。さらに彼らを支持する主要政治家も逮捕の対象となり、次回以降の選挙で立候補資格を剥奪されるケースが相次いだ。

2019年11月〜2020年1月:3つの路上抗議運動

直近の抗議運動としては、2019年11月に発生したガソリン値上げに対するデモが挙げられる。これは2009年とは対照的に、指導者が不在で、動員力に欠けるものの、銀行の焼き討ちなど暴力的な方法で抗議がなされた。治安部隊との衝突も激しく、国際人権団体アムネスティの発表によると抗議運動初期の11月15日~18日だけで死者数300、負傷者数千人に上るとされる。デモ発生を受けて体制は、デモ拡大を抑制するために、11月16日から1週間~10日にわたりイラン全国のインターネット接続を遮断した。

これらの抗議運動は、大多数の国民が現体制に不満を抱いていることを象徴するものである。一方で、体制側も国民が体制を支持していることを国内外に示すために、大衆動員を行ってきた。大衆動員のために体制が使うスローガンは主に「反米」、「反イスラエル」である。すなわち、イスラーム共和制を批判する米国やイスラエルによる体制転覆という「陰謀」を阻止するために、国民が体制を支持していることを示す必要があるというわけである。例えば、毎年革命記念日(2月11日)や在テヘラン米国大使館人質事件(11月4日)などで反米デモが扇動されてきた。さらに選挙も体制への信任投票と位置づけられ、最高指導者をはじめとする体制指導部は、選挙参加を強く呼びかけてきた。また2020年1月イラン革命防衛隊ゴッツ部隊の司令官であったガーセム・ソレイマーニーが米国によりイラクで殺害される事件が発生した後、テヘラン、コム、ケルマーンで国葬が行われ、革命記念日以上の国民が参加したとされる。このように官製の(ただしソレイマーニーの国葬は自発的参加者も多い)大衆動員に参加する国民が実際に体制を支持しているかは定かではないが、少なくともイランの体制指導部は体制が多くの国民に支持されていることを装うことに重要な意義を見出している、と言える。

第13期大統領選挙の展望

イランの2021年大統領選挙は何を含意するのか。このテーマを扱う講演会が日本国内外でいくつか開催されてきた。ここでは資料が公開されている二つの講演会の要点を紹介したい。いずれも3人のイラン専門家が登壇した。

The Woodrow Wilson Center とthe U.S. Institute of Peace が主催した講演会では、事前の立候補資格審査におけるアリー・ラーリージャーニー元国会議長の監督者評議会による失格に着目し、それが体制内エリートの分裂を象徴し、ハーメネイー最高指導者の支持層を狭める狙いがあるとの見解が示された。またライースィーの当選はハーメネイーが最高指導者に就任して以降、初めて最高指導者の任命ポスト経験者が政権を掌握した出来事であるとも指摘された。それによって、体制内エリート間においてある程度の対立が存在するとしても、最高指導者の狭い支持層の結束力は強化されたと論じられた。

また講演会ではライースィー政権の外交政策の見通しについても議論された。欧州諸国などとの核交渉、サウジアラビアとの周辺国でのいわゆる代理戦争に対するイランの態度は、保守穏健派のロウハーニーから保守強硬派のライースィーに政権が変わったからといって大きく変化する可能性は低いという意見がほとんどの専門家から提示された。なぜなら核交渉や域内諸国との安全保障問題は体制の安全保障(レジームセキュリティ)に直結する問題であり、そうした政策の意思決定は大統領ではなく(革命防衛隊などの軍権を握る)最高指導者が主導するからである。加えて米国の研究機関のイラン専門家からは、ライースィーのこれまでの司法府機関における政治犯処罰の経歴が人権侵害と見なされていることから、それが人権を重視するバイデン政権の対イラン政策に影響を及ぼすのではないかとの意見も述べられた。

Italian Institute for International Political Studies (ISPI)が主催した講演会では、過去最低の投票率、有権者の投票参加の意味について議論された。ライースィーに投票した有権者は、彼の個人的な支持層ではなく、体制の支持層である可能性が高い。そのためライースィーが大統領として経済政策などで何らかの成果を達成しない限り、ライースィーに票を投じた有権者との距離を縮めることは難しいとの見方が示された。一方、新型ウイルス感染拡大やそれに伴う経済不況にもかかわらず、選挙に参加し、かつ最高指導者の意中の候補ライースィーが最多票を獲得したことは、少なくとも強固に体制を支持するイラン国民が全有権者の4分の1以上は存在することを示唆さるという指摘もなされた。

また、半数以上のイラン国民が選挙ボイコットをしたことについて、これは必ずしも(改革派支持層の)イラン国民が政治そのものへの関心を失ったわけではない、という指摘もなされた。選挙参加と政治参加の関心は全く別ものだとされる。つまり、イランの有権者は選挙制度を通した改革を諦めただけであって、政治や社会の改革要求そのものを完全に失ったわけではないとされた。しかしながら、イランの有権者の大部分を占める中産階級の人々は暴力的な方法での改革は望んでおらず、今後すぐに革命のような社会運動が生じる可能性はないと指摘された。加えて、これまで体制内エリート(保守派)が労働者による経済不況に対する抗議活動ですら(参加者の意図とは異なる)体制の安全保障を脅かす抗議活動と結びつけてきたことが、経済状況のさらなる悪化が予想される今後のイランにおいて自ら首を絞める事態を招く可能性があるとの見解も示された。

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