イラン/現在の政治体制・制度
現在のイランの政治体制、すなわちイスラーム共和制の来歴は1979年の革命にさかのぼる。反王政運動は1960年代米国の提言を受けて始まった「白色革命」の影響を受けるとされるが、それは主に二つの主要アクターに影響を及ぼしたとされる。一つは労働者である。大地主所有者の解体と工業化を柱とする「白色革命」によって地方と都市、都市部の労働者の所得格差が拡大したことで1970年代に労働者による抗議運動が頻発するようになった(Parsa 1989:141-144)。所得格差の要因が米国による対外投資の増加にあるとの考えが市中に広まると「反米」が反王政運動のスローガンの一つとなったのである(Keddi 2006:148-169)。もう一つは宗教勢力である。近代教育制度の普及を目指す「白色革命」を受けてイランの宗教勢力は社会的役割が低下するとの懸念を抱くようになる(Brumberg 2001: 73)。それに対して宗教勢力は近代的な教養とイスラーム法学の両方を身につけた若年の知識人の育成に力を入れた(嶋本2011:52-55; Fischer 1980: 76-86)。この宗教学院での教育が後に新体制の創設において宗教勢力が他の勢力を制圧し権力の中枢を掌握する背景である[1]。
イスラーム法学者が国を統治するイランの政治制度の根底には革命で指導的な役割を果たしたホメイニー師が唱えた「イスラーム法学者の統治(ヴェラーヤテ・ファギーフ)」論がある(Arjomand 1988: 177-188)。これはホメイニー師が革命前から提唱していた考えである。その論点は、第12代イマームがお隠れで不在の間、外国植民地主義による反イスラームの攻勢に直面するイスラーム世界を救済するためには、イスラーム法を正しく解釈し執行できる統治者が必要であるというものである(吉村2005: 80)。
イラン・イスラーム共和国憲法には「イスラーム法学者の統治」論を具現化するための様々な条項が盛り込まれている。憲法第1条は、イランの政体がイスラーム共和制であり、この体制には「全有権者の98.2%が」賛成票を投じたことを明記している。第2条は主権が神にあることを謳っており、第4条ではイスラーム共和国におけるあらゆる法律はイスラームの原理に基づくことが定められている。そして第5条では、イマームがお隠れでいる間は、「公正で徳高く実社会に関する知識を有し、勇敢で有能な」イスラーム法学者(ファギーフ)が、イスラーム共和国を指導するとされている。
憲法第56条によれば、主権は神にあるものの、その神は人間を、自らの社会的運命を決定する権利を持つ存在として創造した。よって何者も、神から人間に与えられたこの権利を奪うことはできない。そのように定めた上で憲法は、イラン・イスラーム共和国の統治権力は立法権、行政権および司法権からなり、相互に独立するこれらの三権はいずれも最高指導者の導きのもとに、憲法の諸原則に基づき行使されることを定めている。
以上の憲法の特徴を踏まえ、イランの政治体制は神権政治と共和制という一見相反する特徴を備えた政治体制だとする指摘がなされている(Ghobadzadeh and Rahim 2016; Abdolmohammadi and Cama 2015)。
以下、イスラーム共和制を構成する主要機関を紹介する。各機関の説明に入る前にイランの政治体制の二元構造について説明しておきたい。イランの国家機構には日々の行政を担当する大統領(1989年までは首相)と内閣を中心とする行政府が存在する[2]。民選機関である議会は行政府が執行するための法を制定し、行政府の活動を監視している。他方、イランには最高指導者を頂点とする宗教政治の構造が併存するという特徴がある。それには金曜礼拝指導者、さらには警察、革命防衛隊、社会福祉[3]、開発機関[4]、国営メディア、公立大学などにおける最高指導者名代が含まれる(Matsunaga 2009: 478-479)。選挙で政権の派閥が変わると政策選好も変化することが指摘されている(Randjbar-Daemi 2018)。しかしながら大統領が率いる機関と最高指導者が率いる機関の権力関係は制度的にも実践的にも不平等である(Abdolmohammadi and Cama 2015)ことに注意する必要がある。
なお本稿はイランの政治体制の制度的側面を解説することを目的とするため、最高指導者、および三権を担う機構に絞る。また以下の憲法とは1989年の改正憲法を意味する。
最高指導者
イラン・イスラーム共和国の最高指導者は、「宗教的かつ政治的」な統治権を有する(憲法第107条)。初代最高指導者は、カリスマ的な革命の指導者ホメイニー師が努めたが、ホメイニー師の亡き後、最高指導者は国民の直接投票により選ばれる専門家会議メンバーにより決定されることになっている。 初代最高指導者であるホメイニー師が1989年6月に逝去すると、当時大統領を務めていたアリー・ハーメネイー師が、専門家会議の決定により最高指導者に就任した。
(1) 最高指導者に求められる資質(憲法第109条)
イスラーム法学上の様々な問題にまつわる法判断に必要とされる学識
イスラーム共同体を導くのに必要とされる公正さと敬虔さ
指導者に必要とされる適切な政治的・社会的洞察力、慎重さ、勇気、権威、国家運営能力
(2) 最高指導者の権限(憲法第110条)
- 体制利益判別評議会との協議をふまえたイラン・イスラーム共和国体制の施政方針の決定
- 体制の施政方針の適正な遂行の監督
- 国民投票の実施宣言
- 統帥権
- 宣戦布告、和平の受諾、軍の動員
- 以下の者の任命、解任、辞任の受理
- 監督者評議会メンバーのイスラーム法学者6名
- 司法長官
- イラン国営放送総裁
- 全軍統合参謀長
- イスラーム革命防衛隊総司令官
- 国軍及び治安維持軍の総司令官
- 三権間の対立の解消と調整
- 通常の方法では解決が不可能な込み入った問題の体制利益判別評議会を通じた解決
- 国民により選ばれた大統領の認証
- 最高裁判所が大統領による違反行為を認定した場合、あるいは国会が大統領は不適格との決定を下した場合、これに基づく大統領の罷免
- 司法長官の推薦を受けての恩赦および減刑の実施
立法府
イラン・イスラーム共和国において、立法権は国民による直接投票で選出された議員から構成される国会により行使される。憲法はまた、「非常に重要な経済的、政治的、社会的、文化的問題については」、国民投票により立法権が行使されることもあることを定めている。国民投票は、国会議員全員の3分の2の承認を得て実施される。
(1) 国会の構成
- 任期4年
- 定数290
- 憲法憲法第 64 条は定数270と定めている。ただし1989年の国民投票以降、10 年毎に人口、政治、地理その他の要因を考慮に入れて、最大30名まで議員を増員できる。
- この規定に基づき、2000年に実施された第6期国会選挙から、国会議員の定数は290名に増員された。
- 宗教少数派5議席
- ゾロアスター教徒は1名、ユダヤ教徒も1名、アッシリア系およびカルデア系キリスト教徒はあわせて1名、南部及び北部のアルメニア人キリスト教徒はそれぞれ1名の議員を選出することになっている(憲法第64条)。
(2)国会の権限
- イスラーム教の原則及び憲法に違反しない範囲であらゆる問題に関わる法律を審議・制定できる(憲法第71条)。
- 最小限15名の議員の賛同があれば法案を議会に上程できる(憲法第74条)。
- 国際間の条約、議定書、協定及び同意書の承認(憲法第77条)
- 政府が国内外の借款または無償の協力を受けるための承認(憲法第80条)
- 大統領による内閣組閣後、行政権行使前の信任投票(憲法第87条)。信任には投票総数の過半数の賛成が必要。
- 閣僚の罷免
- 閣僚の喚問動議は最低10名の議員の署名により上程される。動議の対象となった閣僚は10日以内に議会に出席し、動議に対する答弁を行う。信任投票が得られなかった場合、閣僚は免職となる(憲法第89条)。
- 大統領の罷免
- 大統領の喚問動議は3分の1以上の議員の決議により行われる。大統領は1ヶ月以内に議会に出席し、動議に対する答弁を行う。3分の2以上の議員が大統領を無能と票決すれば、罷任の理由を最高指導者に通知する。
- 行政府及び司法府の執行方法に対する苦情処理(憲法第90条)
(3) 監督者評議会による立法の監督
- 監督者評議会の構成(憲法第91条)
- 公正かつ時代の要請及び問題点に精通するイスラーム法学者6名(最高指導者が任命)
- 法律の各分野に精通する法学者6名(最高指導者が任命する司法長官が指名し、国会が承認)
- 任期6年(憲法第92条)
- 監督者評議会の権限
- 国会が可決する法律がイスラームの原則に適っているか否かは、監督者評議会が判定する。国会で可決された議事事項がイスラームの原則に抵触しないとの判定は監督者評議会中のイスラーム法学者の過半数により、また違憲性がないとの判定は監督者評議会メンバー全員の過半数による(憲法第96条)
- 憲法の解釈権限。監督者評議会メンバーの4分の3の賛成により解釈が決定される(憲法第98条)
(4) 体制利益判別評議会による裁定(憲法第112条)
- 体制利益判別評議会は1988年2月に設置された。メンバーは最高指導が任命する。
- 国会で可決された法案を、監督者評議会が承認せず、その法案をめぐる国会と監督者評議会の間の対立が解消されない場合、法案は「体制の利益」という観点から最終的な判断を下す権限を有する。
行政府
イラン・イスラーム共和国において、大統領は最高指導者に次ぐ第2の権力者である。大統領の任期は4年であり、継続的な再選は1回に限り許される(第114条)。
(1) 大統領に求められる資質(憲法第115条)
- 宗教的及び政治的に優れた人格を有する卓越した人物
- 生粋のイラン人でイラン国籍を持ち、管理能力があり慎重で、評判がよく正直かつ敬虔で、イスラーム共和国の原則と国教を信じ、これに忠実である者
(2) 大統領の権限
- 複数の副大統領の任命(憲法第130条)
- 議会の決議事項に署名する(憲法第123条)。大統領に拒否権はない。
- 閣僚の議会への紹介(憲法第133条)
- 大臣の解任(憲法第136条)
司法府
イラン・イスラーム共和国において、司法権内で最高の地位を占める司法長官は最高指導者により任命される。司法長官は「公正で司法に通暁し、管理能力を有しており、かつ有能な」イスラーム法学者であることが求められ、その任期は5年である。司法府長官は検事総長と最高裁判所長官の任命権限を持つ(憲法第162条) 。またイランでは内閣任命は大統領の権限であるが法務大臣のみ司法長官が任命する(憲法第160条)。
イランの司法府は憲法では中立・独立機関と規定されている。しかし、司法長官は最高指導者により直接任命されるため、実際の法執行では最高指導者の提示する政治方針に従う傾向がある(Shambayati 2008: 301; Künkler 2009)。司法府の傘下には、最高裁判所、検察庁、軍事法廷、行政裁判所、各州司法局が置かれている。加えて、聖職者の政治犯を裁くための聖職者のための特別法廷や反体制的なジャーナリストを裁くための報道法廷も設置されている(Entessar 2002: 29-34)。
<注>
本稿は、坂梨祥「イラン・イスラーム共和国」松本弘編『中東・イスラーム諸国 民主化ハンドブック2014 第1巻 中東編』人間文化研究機構「イスラーム地域研究」東京大学拠点, 2015, pp. 37-54. を基にしている。
参考文献
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Abrahamian, Ervand. 1982. Iran between Two Revolutions, Princeton: Princeton University Press. Abrahamian, Ervand. 1989. Radical Islam: The Iranian Mojahedin, London: I.B. Tauris. Abrahamian, Ervand. 1999. Tortured Confessions: Prisons and Public Recantations in Modern Iran, Oakland: University of California Press.
Arjomand, Amir. 1988. The Turban for the Crown: The Islamic Revolution in Iran, Oxford: Oxford University Press.
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Lob, Eric. 2018. “Construction Jihad: State-building and Development in Iran and Lebanon’s Shi’i Territories,” Third World Quarterly, 39(11): 2103-2125.
Matsunaga, Yasuyuki. 2009. “The Secularization of a Faqih-Headed Revolutionary Islamic State of Iran: Its Mechanisms, Processes, and Prospects,” Comparative Studies of South Asia, Africa and the Middle East, 29(3): 468-482.
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Shambayati, Hootan. 2008. “Courts in Semi-Democratic/ Authoritarian Regimes: The Judicialization of Turkish (and Iranian) Politics,” in Tom Ginsburg and Tamir Moustafa eds., Rule by Law: The Politics of Courts in Authoritarian Regimes, Cambridge: Cambridge University Press, 283-303.
Taheri, Amir. The Spirit of Ayatollah: Khomeini and The Islamic Revolution. Bethesda. Adler and Adler Publisher.
嶋本隆光(2011)『イスラーム革命の精神』京都大学出版会
吉村慎太郎(2005)『イラン・イスラーム共和国体制とは何か:革命・戦争・改革の歴史から』書肆心水
[1] 革命成功の他の要因は、反王政勢力に対する妥協と抑圧を用いた王政の対応の一貫性の欠如(Rasler 1996)、米国で人権政策を重視するカーター政権の発足(Taheri 1986: 210-211)が指摘されている。また革命から1980年代初頭のホメイニー派の宗教勢力と他の勢力との権力闘争の歴史についてはBakhash(1986)、対MKOに着目する歴史研究はAbrahamian(1989)、80年代の各種法廷における政治犯の処罰の歴史はAbrahamian(1990)に詳しい。
[2] 1989年の憲法改正に伴いそれまで首相が掌握していた行政権が大統領に一本化された(Arjomand 2009: 38-39)。
[3] イスラーム共和制下のイランの社会福祉政策が王政期とは対照的に貧困層の救済に重点がおかれ国民を国家に包括する役割を担うという議論はHarris (2017)を参照。
[4] 革命防衛隊傘下の開発ジハードによるインフラ事業、それによる全国的な雇用機会の提供についてはLob(2018)を参照