レバノン/選挙
上述のようにレバノンでは宗派主義制度に基づく特殊な形態の議会制民主主義が採用されており、立法府たる国民議会は一院制で総議席数は128(内戦以前は99)、議席配分は宗派ごとに予め設定されている(表を参照)。任期は4年である。内戦終結以降、これまでに6度の国政選挙が行われた(1992年、1996年、2000年、2005年、2009年、2018年)。
選挙制度については宗派主義に基づく特殊な形態の大選挙区制(定数は2~10)が採用されており、議席は宗派ごとの定数内で相対多数を獲得した候補者に与えられる。有権者は候補者個人に投票し、定数の上限まで投票することができる。選挙区割りに関しては、「選挙区は県を単位とする」と明確に規定されているにもかかわらず、実際には有力者たち――シリア軍・治安部隊による実効支配期(1986~2005年)においてはシリア当局、それ以降はレバノン政界における有力政治家たち(派閥の領袖クラス)――にとって有利になるよう選挙ごとに恣意的に操作されてきた。特に2000年の第16期国民議会選挙における選挙法は「ガーズィー・カナアーン1の法」としばしば呼ばれ、これは操作次第では親シリアの政治家にとって極端に有利となり得る仕組みであった。
有権者(21歳以上)は各選挙区において、自らが属する宗派以外の候補者(25歳以上)を含む定数分の候補者に投票する権利を有している。例えば2009年選挙においては、ベイルート県第三区の定数は10(スンナ派5、シーア派1、ドルーズ派1、ギリシャ正教1、福音派1、マイノリティ1)であり、有権者は割当議席数分の投票権(同選挙区では10票)を持つ。なお有権者は、定数分の投票権を有するも、それに満たない数の票を投じることも可能となっている(例えば、どうしても他宗派の事情は分からないという有権者は、自宗派分の票のみを投ずるだけでも良い)。
投票の結果、各宗派内で相対多数の票を獲得した候補者が当選を果たす。これは換言すれば、候補者にとってライバルは他宗派にではなく自宗派内に存在することを意味する。こうしたことから、各候補者は当選を確実にするために自らの宗派を超え、同一選挙区で他宗派に属する有権者からの票をあまねく獲得する必要性が生じてくる。それゆえに各政治主体は、他宗派からの得票を目指し、しばしば政策やイデオロギーを無視したかたちで宗派横断的な選挙協力――ないしは「選挙前談合」――を企てるのである。この帰結が、選挙公示後に各選挙区で作成される選挙リストである。
選挙リストとは、各選挙区に割り当てられた総議席数分を、議席が配分されている各宗派の候補者を網羅するかたちである種の大連合を形成した、「セットメニュー」のようなものだと考えればよいだろう。
選挙前談合によってリストを作成するに際しては、政策的・イデオロギー的親和性とは全く無関係の次元、すなわち選挙に出馬する各ザイームが動員可能な票の数と資金力、ならびにザイーム同士で選挙戦以前に行っていた非公式・水面下の「約束」が鍵となる。前節で確認したように、レバノンにおけるザイーム支配は伝統的かつ非常に強固であり、こうした支配構造の下、有権者はもっぱら「政策」ではなく「人物」に票を投じる(より正確には、投じざるを得ない)。それゆえ、各選挙区の登録有権者数と照らし合わせることで、選挙時に各々のザイームが動員可能な票の数は事前に概ね予想がつく。そこで、派閥の領袖であるアクタブは、各選挙区の事情とそれぞれのザイームの集票能力等を勘案し、選挙前談合によって他のアクタブと取引・調整を行ったり、選挙後のブロック形成や組閣作業といった政治過程に関する非公式な水面下の「約束」を取り決めたりすることで、リストを作成していく。またその際に、事実として立証することは非常に困難ではあるものの、買収や賄賂といった形で多額の不透明な資金が流れていることは、選挙戦を実際に観察していれば容易に想像がつく。
こうした過程によってリストが作成されるため、各立候補者の当落は選挙前にほぼ予想でき、実際に、たとえば2009年選挙ではおよそ128議席中110議席は選挙前に予め結果が予想できた。それゆえ有力政治家たちは自身の当選の正当性を高めるべく「高い投票率」と「盛り上がり」を国内外に演出するために、ただ挑発的な言動で有権者の「宗派対立」を煽ったり巨額の資金をばらまいたりすることで、投票所や街頭に人を集めるだけでよいことになる。
なお、2018年選挙では選挙制度が改正され、それまでの大選挙区制・複数記入制から15選挙区での比例制に変更された。これによって事前の予測通り、ヒズブッラーと同党と連携する諸派の議席が伸び、他方でムスタクバル運動の議席が減少する結果となった。ただし、レバノンでは、結局、個々の候補者が属する政党、選挙の際に組まれる選挙リスト、そして選挙後の議会で編成される会派がそれぞれまったくの別物であり、政策やイデオロギーなどとは関係なくその時々の政局次第でいくらでも呉越同舟が成立する。ゆえに、選挙の結果を見ただけではその後の政治過程を予測することはほとんど不可能であると言える。