アルメニアは、中東では珍しいキリスト教(東方教会系)国で、しかもソ連時代に世俗主義の政治が定着したことが、独立後の政治体制にも大きく影響している。独立後のアルメニア共和国においては信仰や結社の自由が認められ、宗教などの伝統的価値観を尊重する政党はあるものの、世俗主義的な政治体制が受け入れられている。

アルメニア共和国の政体は、ソ連邦末期の制度改革以来、久しく直接選挙によって選出される大統領を国家元首とする共和制をとってきた。一方で、内閣制度も併存し、大統領が直接選挙によって選ばれる国民議会内の多数派の中から首相を任命することが慣例となっていた。ただし、議会多数派が大統領を党首とした政党である時期が大半で、そうでないコチャリアン政権も、最大政党アルメニア共和党が大統領を支持して政権与党化したため、フランスのような保革共存政権になることはなかった。

現行憲法は1995年6月の国民投票を経て制定され、2005年11月に一部条項を改定したもの(本稿に直接かかわる規定の変更に関しては民主化の経緯の項を参照のこと。)が土台になっているが、2015年12月の国民投票を経て、準大統領制から議院内閣制に移行する大幅な政治制度の変更がなされた。実際、これに従い2018年3月に大統領の任期が切れたセルジュ・サルキスィアンが、翌月首相に就任したところ、選挙を経ないで実質的な政権の延命を図ろうとする政治手法を批判した野党の抗議運動で政権が崩壊した。(詳細は、民主化の経緯(最近の政治変化)の項目を参照のこと。)

なお、現行憲法が制定されるまでは、1991年末日にアルメニアが独立した後も1978年のアルメニア・ソヴィエト社会主義共和国憲法(実質的には、前年に制定されたソ連憲法~ブレジネフ憲法~のアルメニア版)が、独立後制定された法律で補正しながら、流用されていた。以下、三権のシステムについて解説する。

1.大統領と内閣

2015年の憲法改正までは、行政府の長は大統領で、任期は5年であった。大統領は国民議会の法案の拒否ならびに議会そのものの解散、首相や検事総長の任免が可能で、しかも国軍の最高司令官であるなど絶大な権限を有した(2015年改定前の憲法第55条)。さらに、議会の同意を得ないで政令(大統領令)を発布することも出来た(同第56条)。大統領は、首相の提案に基づいて閣僚を任免するほか、外交政策を統括し、国際条約を締結する権限を有する(同第55条)ため、現実政治においては、内政一般を内閣が、外交並びに安全保障を大統領が分担していた。

なお、三権分立を明確化するため、国民議会の議員が閣僚に任命された際には、その任期中議員の資格は停止していた。また、大統領が職務遂行不能の状態に陥った際には、新たに大統領が選出されるまで、国民議会の議長、それが不可能な場合には首相が職務を代行することになっていた(同第60条)。実際、1998年2月にカラバフ紛争の和平プロセスをめぐって当時の大統領テル・ペトロスィアンと閣僚が対立して大統領が辞任に追い込まれた際には、当時首相だったコチャリアンが大統領代行となっている。

これに対し、新制度では、大統領は議会で選出される儀礼的な元首で、任期7年となった。また、政党に属さない、不偏不党の立場が求められている。(2015年改正後の第125条。)しかし、現実には、内閣が行政命令を執行する際に大統領が署名を拒否して首相の決定を覆すなど、決して儀礼的存在とは言えない。(同第129条では、国会で成立した法律と最高裁判所の決定には、大統領が21日以内に署名しないといけない規定になっているが、首相の政令に関しては、特に規定がない。)特に、アルメン・サルキスィアン現大統領は、2018年春、当時の共和党政権下で選出された人物であるため、2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ紛争でアルメニアが敗北して政局が流動化して以来、パシニアン首相の政治姿勢を公然と批判するようになっている。基本的には、首相が政治の主導権を握っているとはいえ、大統領と首相の間では「保革共存」状態である。

2.議会

現行憲法下において、立法府である国民議会は131名定員の一院制で、任期は5年である(2015年の改正後の第90条。なお、2012年の改正前までは任期4年)。国民議会は、議長の提案に基づき、中央銀行の総裁ならびに副総裁を任命するほか、憲法裁判所の判事ならびにその長官を任免することが出来る。(第83条)また、多数決によって政府に対し不信任を表明した場合には、首相は辞任しなければならない(第74条)が、現状では議会多数派から首相が任命されているため、こうした状況は起こりにくい。

3.司法機関

司法は、独立後に大きな制度改変が見られ、第一審裁判所、控訴裁判所、破毀裁判所の三審制となり、憲法裁判所に上訴された事案を除けば破毀裁判所が最高裁の役割を担っている。(第163条)一般の裁判所の他に、経済裁判所などの法律で定める係争を専門的に扱う裁判所も存在する。

また、現行憲法では司法機関の独立が謳われている点も、大きな特徴である。もっとも、1995年の制定時の規定では、判事の人事は司法評議会によって決定されるが、この評議会は判事会から選ばれた9人の委員、国民議会の任命した法学者による2人の委員とならんで大統領の任命した法学者による2人の委員から構成されるうえ、憲法裁判所以外の判事の人事は大統領の同意事項でもあったため(2015年改正前の第94条)、行政が司法に介入する余地は残されていた。

2015年度の憲法改正で大統領制から議院内閣制に移行することが決定されたことに合わせ、裁判官の選任にも議会の関与するようになった。憲法裁判所の9名の判事のうち、3名が大統領推薦、3名が内閣推薦、3名が司法評議会による推薦で、これが国民議会で信任されて、任官されることになった。(任期は12年と定められた。)一方、破棄院の判事は、司法評議会の推薦の上で、大統領が指名し、任期は6年である(第166条)。このように、大統領も判事の任免をめぐって、一定程度影響力を残している。

参照:アルメニア共和国憲法(1995年版と2005年版)