イラク戦争後、イラク暫定政府に主権が移譲されてから恒久憲法の公布を経て正式政権の樹立に至るまでの政治プロセスを定めた「移行期間のためのイラク国家施政法」(基本法、2004年3月8日成立)に則り、2005年1月30日と、2005年12月15日に国民議会選挙が行われた。最初の選挙は、憲法起草のための制憲議会選挙であり、2度目は通常の議会選挙となっているため、議会の役割は必ずしも同じではなく、その正式名称も最初の制憲議会がal-Jam’iya al-Wataniya、2度目の通常議会がMajlis al-Nuwwabと区別されている。しかし、2度の議会選挙はその参加政党や国民にとって連続性のあるものと捉えられていると言える。その後、議会任期満了を経て2010年3月、2014年4月、2018年5月に国民議会選挙が実施されている。
<選挙制度:2005年1月>
2005年1月までの選挙実施のために、2004年3月から5月にかけて、国連スタッフがイラク国内で選挙管理委員会や政治家、宗教関係者らと会合を行い、いくつかの選挙制度を提示した。2000万 以上の人口を抱える国で、人口統計も不備な中、半年強の準備期間で国政選挙を行わなければならないことから、選挙制度の選択にあたってはその実現可能性が もっとも考慮され、最終的にイラク選挙管理委員会が全国一区の比例代表制を採用することを決定した。その後、統治評議会の認可を得て、2004年6月のCPA Order第96号「選挙法」に盛り込まれた。議席数は275議 席。選挙に出馬する政党は、「政治団体」として選管に登録されなければならず、個人としての立候補も可能である。登録された政党は、単独あるいは 他政党と連合を組んで候補者リストを選管に提出するが、主要政党はいずれも政党連合を形成した。選挙はクローズド・リスト(拘束名簿式比例代表制)で行われ、有権者は政党にのみ投票する。政党が獲得した票数に応じて議席数が決定され、当選者は各政党が前もって作成した候補者リストの上位から掲載順に当選が決まる。選管への提出後に順位を変更することはできない。なお、憲法によって4分の1以上の女性議員比率を実現することを求められているため(第46条第4条)、リストの掲載順を決定する際、必ず3名ごとに最低1名の女性を含まなければならないとされた。
<選挙制度:2005年12月>
2005年1月の選挙で採用された、全国一区の比例代表制という選挙制度がもたらした問題は、2005年1月の選挙でスンナ派住民が多い中部の投票率が極めて低かった結果、シーア派とクルドの票が人口比以上に議席に反映されたことであった。シーア派宗教勢力を中心とする統一イラク連合(140議席)と、クルドの二大政党が中心となって形成したクルディスタン同盟(75議席)の上位2政党だけで議席の78%を占める結果となった。この問題への対応から、12月の選挙で採用された選挙法では、全国を一区とするのではなく18県をそれぞれ一選挙区して設定することになった。制度としては引き続き、クローズド・リスト(拘束名簿式比例代表制)で実施された。
正確な有権者数が不明であったことから、各県への議席の配分は食糧配給名簿に基づいて行われ、合計230議席が18選挙区に割り当てられた。残る45議席については、補償議席として各選挙区で議席獲得に至らなかった小党に優先的に配分される(さらにその残りは、前回同様全国区比例代表制で各党に配分される)。しかし、実際にこの補償議席の仕組みによって議席を獲得することが可能となった政党は1つで、1議席のみであった。
<選挙制度:2010年3月>
およそ4年ぶりに国民議会選挙を実施するにあたって、選挙法にいくつかの変更がなされた。まず、クローズド・リスト方式(拘束名簿式比例代表制)からオープン・リスト方式(非拘束名簿式比例代表制)となり、有権者は、党とその党に所属する個人の両方に投票できるようになった。オープン・リスト方式は2009年1月 に行われた県議会選挙で初めて実施されたが、その際、比例名簿上位の候補者の落選が相次ぐ結果となった。そのため、多くの政党は国政選挙でのオープン・リスト採用に本音では 否定的だったが、透明性のある選挙を求める世論に押される形で採用が決まった。党が得た得票総数で獲得議席数が決まり、個々の立候補者の得票数に応じて当選者が決まる仕組みである。なお、憲法上4分の1以上の女性議員比率を実現する必要があるため、女性候補は獲得票数が少なくとも優先的に当選することなる。
また、「人口10万人につき1議席」との憲法上の規定に基づき、人口増加を反映して議席が拡大された。正確な人口統計が存在していないため、各県へ増加議席を分配するにあたって国民議会における議論は紛糾を極め、結局議席数は275議席から325議席まで膨らむこととなった。このうち、各県ごとの選挙区に310議席が割り当てられ、キリスト教徒などのマイノリティ枠として5県において計8議席が配分されることになった。補償議席は7議席設けられたが、この議席は各県ごとの選挙区で1議席以上獲得した政党間で、全国の得票数に応じて配分されることになっており、小党救済のための議席という位置付けではなくなっている。
<選挙制度:2014年4月>
引き続きオープン・リスト方式が採用されたが、議席配分方式がヘア式から修正サンラグ方式へと変更された。前年の2013年県議会選挙の際に、従来から使われていたヘア式が大政党に有利との批判から、より小党に有利なサンラグ方式へと変更されていた。しかし、この改正によって議席数減を余儀なくされた主要政党が国民議会選挙の選挙法改正時に巻き返しをはかり、その結果、修正サンラグ方式に変わった。
また、補償議席が撤廃され、かわりに北部3県を含む10県に1議席ずつ議席数が追加された。この背景には、クルディスタン地域の3県が他地域よりも総じて投票率が高いという事実を背景に、クルド政党が北部3県の議席増を求めたことがある。これにより総議席数は328議席となった。マイノリティ枠8議席は維持された。
なお、選挙連合、単独政党、個人など様々な資格で同等に選挙に出馬できる点は前回の選挙と同様だが、今回の選挙の特徴として、シーア派やクルド、スンナ派といった宗派民族ごとの大連合よりも、より細分化した小規模な政党連合ないしは単独政党が出馬する傾向にあり、その結果、議席獲得政党も倍以上に増加した。
<選挙制度:2018年5月>
前回同様、オープン・リスト方式、修正サンラグ方式が採用されたが、選挙法の制定にあたっては、修正サンラグ方式において議席計算に使用される除数の数値(大きいほど大政党有利となる)をめぐって激しい論争が続き、法案交渉が長引く要因となった。結局、2017年8月に成立した法案では、除数は1.7と前回の2014年と同じ数値が維持されることになった。議席数はマイノリティ枠の1議席増加して9議席となり、全体では329議席となった。
なお、今回初めて自動集計システム(有権者が投票用紙にマーキングし、それをスキャナで読み込んで投票箱に入れる)が採用された。毎回、投票結果の集計に数週間を要していたことが理由であり、このシステムの導入で、投票から2日で開票率95~97%の暫定結果、1週間後には開票率100%の選挙結果の発表が可能になった。しかしながら、ハッキングによる選挙不正が行われたのではないかという疑惑が拡大し、判事が選管委員と交代したり、異議申し立てがあった投票箱の手作業による再集計が行われたり、その間にも放火とみられる火事で一部の投票箱が焼失したり、混乱が拡大する要因にもなった。諸々の混乱を経て選挙結果が確定したのは8月19日と、選挙から3ヶ月以上が経ってからだった。なお、再集計による議席変動は1議席にとどまり、組織的な不正やハッキングがあったのかどうかは定かではない。
選挙連合については、前回同様、シーア派、スンナ派、クルドのそれぞれの内部でより細分化する傾向が続いている。さらに新たなトレンドとして、宗派の枠を越えて、アバーディ首相率いるシーア派政党からスンナ派政治家が立候補し、モスルなどのスンナ派住民地域で大きな得票を得るというケースが見られたことが特筆される。これは、2014~2017年の対IS戦においてスンナ派政党が実質的な役割を果たせなかったとい失望の裏返しであると考えられるが、こうしたトレンドは今後も続くのかどうかが注目される。
<選挙結果:2005年1月>
以下は、2005年1月30日に実施された国民議会選挙の結果である。
投票総数は855万571票で、うち有効投票数は845万6266票であった。
政党 | グループ | 獲得議席 | 得票 |
統一イラク連合 | シーア派 | 140 | 4,075,295 |
クルディスタン同盟 | クルド | 75 | 2,175,551 |
イラク・リスト | アラブ世俗派 | 40 | 1,168,943 |
イラク人たち | アラブ世俗派 | 5 | 150,680 |
イラク・トルコマン戦線 | トルコマン | 3 | 69,938 |
独立国民エリート集団 | シーア派 | 3 | 69,938 |
人民連合 | アラブ世俗派 | 2 | 69,920 |
クルド・イスラーム集団 | クルド | 2 | 60,292 |
イスラミック・アマル | シーア派 | 2 | 43,205 |
民主国民同盟 | スンナ派 | 1 | 36,795 |
国民ラーフィダイン・リスト | アッシリア | 1 | 33,255 |
和解解放団体 | スンナ派 | 1 | 30,796 |
<選挙結果:2005年12月>
以下は、2005年12月15日に実施された国民議会選挙の結果である。
投票総数は1239万6631票で、うち有効投票数は1219万1133票であった。
政党 | グループ | 獲得議席 | 得票 |
統一イラク連合 | シーア派 | 128 | 5,021,137 |
クルディスタン同盟 | クルド | 53 | 2,642,172 |
イラク合意戦線 | スンナ派 | 44 | 1,840,216 |
国民イラク・リスト | アラブ世俗派 | 25 | 977,325 |
国民対話イラク戦線 | スンナ派 | 11 | 499,963 |
クルド・イスラーム同盟 | クルド | 5 | 157,688 |
和解解放団体 | スンナ派 | 3 | 129,847 |
リサーリーユーン | シーア派 | 2 | 145,028 |
イラク・トルコマン戦線 | トルコマン | 1 | 87,993 |
ラーフィダイン・リスト | アッシリア | 1 | 47,263 |
イラク国家のためのミサール・アルーシーのリスト | スンナ派 | 1 | 32,245 |
改革・発展のためのヤジーディ運動 | ヤジーディ | 1 | 21,908 |
<選挙結果:2010年3月>
以下は、2010年3月7日に実施された国民議会選挙の結果である。
有効投票数は1162万1998票であった。
政党 | 獲得議席 | 得票 |
イラーキーヤ | 91 | 2,849,803 |
法治国家連合 | 89 | 2,794,038 |
INA(イラク国民連合) | 70 | 2,092,683 |
クルディスタン同盟 | 43 | 1,686,344* |
ゴラン | 8 | 487,181* |
イラク合意 | 6 | 303,057 |
イラク統一連合 | 4 | 314,823* |
KIU(クルディスタン・イスラーム連盟) | 4 | 247,366* |
KIG(クルディスタン・イスラーム集団) | 2 | 153,640* |
マイノリティ枠 | 8 | – |
注:*印については、バグダード県における再集計後の結果が発表されていないため、再集計前の暫定得票数である。
<選挙結果:2014年4月>
以下は、2014年4月30日に実施された国民議会選挙の結果である(3議席以上獲得した政党の一覧)。
有効投票数は1301万3765票であった。
政党 | 獲得議席 |
法治国家連合 | 95 |
サドル派 | 34 |
市民連合 | 31 |
ムッタヒドゥーン | 27 |
KDP | 25 |
PUK | 21 |
ワタニーヤ連合 | 21 |
アラビーヤ連合 | 11 |
ゴラン | 9 |
国民改革潮流 | 6 |
ファディーラ党 | 6 |
イラク連合 | 5 |
市民民主連合 | 4 |
KIU(クルディスタン・イスラーム連盟) | 4 |
KIG(クルディスタン・イスラーム集団) | 3 |
アンバール忠誠連合 | 3 |
その他 | 15 |
マイノリティ枠 | 8 |
合計 | 328 |
注:サドル派はアフラール連合、国民参加集団、エリート潮流の3リストの合計。市民民主連合には、独立民主連合の議席を含む。
注:選挙区によって相乗りしているケースがあるため、各党の全国レベルでの得票数の集計はできなくなっている。
<選挙結果:2018年5月>
以下は、2018年5月12日に実施された国民議会選挙の結果である(4議席以上獲得した政党の一覧)。
有効投票数は1034万3279票であった。
政党 | 獲得議席 |
サーイルーン | 54 |
ファタハ連合 | 48 |
勝利連合 | 42 |
KDP | 25 |
ワタニーヤ | 21 |
ヒクマ潮流 | 19 |
PUK | 18 |
イラクの決定連合 | 14 |
アンバールは我々のアイデンティティ | 6 |
ゴラン | 5 |
新世代 | 4 |
その他 | 24 |
マイノリティ枠 | 9 |
合計 | 329 |
注:選挙区によって相乗りしているケースがあるため、各党の全国レベルでの得票数の集計はできなくなっている。
参考文献
- イラク独立選挙管理委員会ホームページ(http://www.ihec.iq/)