「リビア」カテゴリーの記事一覧

2019年10月7日

リビア/現在の政治体制・政治制度

2011年の「アラブの春」にともなう内戦とカダフィ政権崩壊を経て、現在(2019年9月時点)のリビアでは議院内閣制が採用されている。その根拠は、「憲法宣言(Constitutional Declaration)」(2011年8月締結)および「リビア政治合意(Libyan Political Agreement)」(2015年12月締結)である。

リビア政治合意にもとづき、「国民合意政府(Government of National Accord)」が2016年2月に結成された。同政府は最高意思決定機関「執行評議会(Presidential Council)」と内閣からなる行政機関である。「執行評議会」は首相1名、副首相3名(東・西・南の地域から1名ずつ選出)、国務大臣2名で構成される。立法府はリビア東部のトブルクに拠点を置く「代表議会(House of Representatives)」が担う。また、「国家高等評議会(High Council of State)」は国民合意政府の諮問機関として、同政府が提出する法案や国際的合意に対して、法的拘束力のある意見を提示できる。

「憲法宣言」は内戦中の2011年8月3日、反体制派勢力である国民暫定評議会(National Transitional Congress)によって締結、同月10日に発表された。同宣言はいわば草案であり、修正後、国民投票によって3分の2以上の承認を得れば正式な憲法として制定される。

同宣言が締結されたときは、国民議会の設立後すみやかに憲法起草委員が任命され、正式な憲法の起草・制定が行われると見込まれていた。しかし、後述の通り憲法起草委員を選挙によって選ぶこととなり、またリビアの政治情勢が混乱したことから、2019年9月に至るまで正式な憲法は制定されていない。代わりに、国民議会や代表議会は「憲法宣言」を修正することで政治プロセスを進めてきた。

「憲法宣言」第1条には、リビアが民主国家であること、首都はトリポリであること、国教はイスラームであり、イスラーム法(シャリーア)が法制度の根源であるが、国家は非ムスリムにも信仰の自由を保障すること、公用語はアラビア語であることが定められている。また、「少数民族」という言葉は用いられず、「リビア社会の構成要素(components of the Libyan society)」として示され、アマージグ(ベルベル)、トゥーブ、トゥアレグに対して言語的・文化的権利を保障するとされている。

第4条には、国家は、政治的多元主義と多党制に基づく政治的民主制の確立に努め、権力の平和的・民主的交代を実現すると定められている。

第9条には、祖国の防衛、国家の団結の維持、文民統治・憲法・民主的制度の維持、市民の価値観の順守、地域・部族・氏族にもとづく対立との戦いは、全国民の義務であると定められている。

カッザーフィー政権期の法制度について、第35条では、既存の法律は修正・廃止されるまで、「憲法宣言」の内容と矛盾しない限りにおいて有効であると定められている。前政権で定められた法律における政治機構への言及は、国民暫定評議会や今後の移行政府に置き換えられる。また、カッザーフィー政権期の正式な国名「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒーリーヤ国(Great Socialist People’s Libyan Arab Jamahiriya)」は、リビアに置き換えられる。

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2019年10月7日

リビア/最近の政治変化

リビア政治合意と国民合意政府

「リビア政治合意」とは、2015年12月17日に締結された、統一政府を樹立してリビア国内の政治対立の調停と平和構築を進める和平案である。

2012年7月の選挙を経て誕生した国民議会は、2014年6月の代表議会設立に抵抗し、傘下の民兵組織を動員して代表議会を攻撃した。これにより国内対立が激化し、治安悪化やジハード主義組織の伸長につながったため、国連や欧米、周辺諸国が和平調停を進め、リビア政治合意締結を主導した。

この合意によって2016年1月に発足した国民合意政府は、2019年9月に至るまで「正式な政権」として国際的に承認されている。同政府は行政機関、代表議会は立法機関、国家高等評議会(前・国民議会)は国民合意政府の諮問機関と定められた。国民合意政府の首相および執行評議会議長は、発足以来ファーイズ・サッラージュが務めている。しかし、代表議会は国民合意政府の信任投票を行っておらず、東部のトブルクに拠点を置き、独自の内閣や中央銀行、石油公社を持ち、国民合意政府に対抗している。

次期大統領・議会選挙の展望

2017年頃から、リビアの統治機構の再編と政治・治安の安定化を進めるため、選挙を求める声が主に国外で高まるようになった。国民合意政府は発足以来リビア全土を統治したことはなく、政治機構も脆弱で、リビアの安定化を主導することは難しいとみられている。不安定なリビアが地中海を越える移民の玄関口となり、ジハード主義組織や武装勢力の拠点となり、治安悪化に伴う原油生産量の乱高下がグローバルな石油価格の変動要因となっている現状は、周辺国にとって極めて大きな脅威だと認識されている。

さらに、国民合意政府の任期の問題もある。リビア政治合意には、国民合意政府の任期は代表議会による信任決議から1年間であり、この間に憲法が制定されなければ、1年のみ延長が認められると明記されている。憲法が国民合意政府設立後2年以内に制定された場合は、その時点で任期が終了する。国民合意政府が最初の会合を行ったのは2016年1月6日であり、これを起点とすれば2018年1月6日で国民合意政府の任期は終了することになる。ただし、代表議会は国民合意政府の信任投票を行っていないため、国民合意政府の任期のカウントダウンはそもそも始まっていないというロジックも成り立つ。

2017年9月20日、国連リビア支援ミッション(United Nations Support Mission in Libya: UNSMIL)の代表ガッサーン・サラーマは、リビアを安定化させるための「アクション・プラン」を発表した。それは、①全土での国民対話の実施、②リビア政治合意の修正と国民合意政府の組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備という4つの柱からなる。また、UNSMILは2017年末の時点で、リビアの移行期間は2018年で完了すると述べ、同年中に大統領選挙を予定していることを明らかにした。

2018年5月29日、フランス・パリにおいて、リビアの諸勢力を招いた会談が行われた。この会談で、遅くとも同年の12月10日までに大統領・議会選挙を行うこと、および9月16日までに憲法草案と選挙実施に必要となる法案を制定することで合意された。しかし、大統領制を導入するための準備は進まなかった。カッザーフィー政権崩壊後のリビアは議院内閣制を採用しており、大統領に付与される権限、大統領と軍、議会および内閣との関係、議会の規模などを取り決めるための法的枠組みは存在しない。また、国軍の最高指揮権や任命権、中央政府と地方政府の関係なども不透明なままであった。

これらを規定するのが憲法と選挙関連法案ということになるのだが、立法権を持つ代表議会は憲法制定のための国民投票に関する法案審議を何度も延期してきた。代表議会が選挙関連法案を採択しなければ、高等選挙委員会も選挙を実施することができず、選挙が2018年中に行われることはなかった。2019年2月16日のミュンヘン安全保障会議にて、サラーマUNSMIL代表は、大統領・議会選挙の実施は「2019年末が最も現実的だ」と述べた。そして、選挙プロセスを進めるために「国民対話」を行い、国内で対立する諸勢力の和平調停を行うと発表した。

ハリーファ・ハフタル

内線以降のリビアの政治プロセスに大きな影響を与えてきたのが、リビア東部を実効支配する軍事組織「リビア国民軍(Libyan National Army)」のハリーファ・ハフタル司令官である。

ハフタルは、カッザーフィーによる1969年のクーデターの同志であり、1986年にリビア・チャド紛争(1978〜1987年)の司令官となるが、敗戦しチャドにて投獄された。その後は米国に約20年間在住したが、2011年のリビア政変時に帰国し、反カッザーフィー勢力を軍事的に指揮して台頭した。2014年5月には、リビア東部にて軍事組織「リビア国民軍」を率い、国軍、部族勢力、民兵組織などの諸勢力と「尊厳作戦(Operation Dignity)」を立ち上げ、リビア国内のアルカーイダ系組織やISへの攻撃を開始した。また、2015年3月には代表議会の軍総司令官に就任した。

「リビア国民軍」はジハード主義組織に対して軍事的に対抗できるほぼ唯一の勢力であり、エジプトやUAE、サウジアラビアといった域内諸国だけでなく、欧米からも支援を受けた。しかし、ハフタルは2016年のリビア政治合意と国民合意政府設立を外国の内政干渉として批判し、代表議会の強硬派と連携して国民合意政府への協力を拒絶した。

「リビア国民軍」はリビア国内において国軍や警察を凌ぐ軍事力を有し、国民合意政府と同等かそれ以上の政治力を持つ。また、リビア東部地域を実効支配し、諸外国の支援を受けて支配圏を拡大している。2019年1月、「リビア国民軍」はリビア南西部に進軍し、地元の民兵組織などを掃討した。これにより、ハフタルの勢力圏は東部~南西部へと拡大され、主要な油田の大部分も同軍の支配下に入った。

トリポリ周辺での衝突

2019年4月4日、ハリーファ・ハフタルは傘下の「リビア国民軍」に対してトリポリへの進軍を命じ、同軍はリビアの東部と南西部からトリポリに迫った。これを国民合意政府傘下の軍や同政府を支援する民兵組織が迎え討ち、大規模な武力衝突が発生した。トリポリ周辺での両者の戦闘は2019年9月現在まで継続しており、出口は見えていない。WHOは7月15日時点で死者1,093人、負傷者5,752人、避難者10万人以上と報告した。さらに、「リビア国民軍」をUAE、サウジアラビア、エジプトが、国民合意政府を支援する民兵組織をトルコが支援しており、「代理戦争」の様相を呈している。

4月には国連主導の「国民対話会議」が予定されていたが、戦闘により中止を余儀なくされた。また、2019年中に予定されていた大統領・議会選挙の実施可能性も大きく損なわれた。従来からハフタルを支持してきたフランス、ロシア、米国(トランプ政権)もハフタルへの圧力を高めておらず、国連や欧米としての一致した対応は出ていない。サラーマUNSMIL代表は国連安保理にて、戦闘が短期的に収束する兆候はないとして、人道状況の悪化に警鐘を鳴らした。同時に、諸外国の軍事支援が戦況を激化させていると非難した。

国連リビア支援ミッション

国連リビア支援ミッション(United Nations Support Mission in Libya: UNSMIL)は内戦中の2011年9月に「国連安保理決議2009号」によって設立が承認された。その主な目的は以下の通りと定められている。

  1. 公共の安全および秩序を回復し、また法の支配を促進すること
  2. 包括的な政治的対話を行い、国民和解を促進し、また憲法起草と選挙プロセスを始めること
  3. 説明責任のある制度と公共サービスの回復強化を含む、国の権限を拡大すること
  4. 人権、特に脆弱な集団に属する者に対するものを促進し保護すること、および移行期司法を支援すること
  5. 初期の経済回復のために要求される迅速な措置を講じること
  6. 適切な場合には、他の多数の関係者および両関係者から要請される支援を調整すること

UNSMILはリビアの和平や国家建設に取り組み、全国・地方選挙、2016年リビア政治合意の締結、対立する諸勢力の調停、諸外国のリビア支援の調整などを行ってきた。しかし、米、露、仏といった国連安保理の常任理事国がリビアに対して独自の関与を続ける中で、UNSMILおよび国連はリビアの安定化に向けて実効的な施策を打ち出せていない。

2017年からUNSMIL代表の座についたレバノン人のガッサーン・サラーマはリビア安定化に向けた「アクション・プラン」を発表し、①全土での国民対話会議、②「リビア政治合意」の修正と国民合意政府の組織改革、③憲法制定のための国民投票、④大統領・議会選挙を行うための法制度の整備を進めようとした。しかし、エジプト、UAE、フランス、イタリアが国連との十分な調整を行わないままに独自の「和平会議」を開催したことで、国連主導の政治プロセスは阻害された。

さらに、2019年4月以降のトリポリ周辺での衝突を受けて国民対話会議や大統領・議会選挙が暗礁に乗り上げる中、UNSMILは多くの課題を抱えている。

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2019年10月7日

リビア/選挙

「国民議会」選挙(2012年7月)

2011年10月20日のムアンマル・カッザーフィー(カダフィ)殺害後、反体制派勢力である国民暫定評議会のムスタファー・アブドルジャリール議長は10月23日に「リビア全土の解放」を宣言した。「憲法宣言」第30条には、リビアの解放(カッザーフィー政権の崩壊)宣言後、国民暫定評議会は移行政府として再編成され、3ヶ月以内に①国民議会選挙のための法案整備、②高等選挙委員会の任命、③国民議会選挙への呼びかけを行うことが定められていた。また、リビアの解放後8ヶ月以内に国政選挙を行い、それから1年以内に議会と大統領選挙を実施すると定められていた。

2012年7月7日、国民議会選挙が実施された。定数の200議席のうち80議席が政党別に選出される比例代表方式、残りの120議席が個人選出方式に割り当てられた。人口比などに基づき、国内主要3地域の議席配分は、首都トリポリを含めた西部100、東部60、南部40と定められた。女性や少数民族向けの議席割り当て(クォータ)はなかった。

選挙では、142の政党から合計で約3,700人(個人候補者約2,500人、比例代表候補者約1,200人)が立候補し、女性候補者も600人を超えた。選挙委員会の発表によれば、投票率は約60%(投票者170万人/登録有権者約280万人)という結果となった。

しかし、議席配分に不満をもつ東部地域では、連邦化や東部の自治権向上を主張する勢力がボイコットを呼びかけた。放火されたり、脅迫により閉鎖されたりした投票所もあった。

議席を獲得した政党は以下の通りである。

  • 国民勢力連合:39 議席(得票率 48.8%)
  • 公正発展党(ムスリム同胞団系):17 議席(21.3%)
  • 国民戦線党:3 議席(3.8%)
  • 民主主義と開発のための Wadi Al-Hayah 党:2 議席(2.5%)
  • 祖国のための連盟:2 議席(2.5%)
  • 国民中道潮流:2 議席(2.5%)
  • その他:15 議席(18.8%)

「憲法起草委員会」選挙(2014年2月)

2014年2月20日、憲法起草委員会(Constitutional Drafting Assembly)の選挙が実施された。「憲法宣言」では国民議会が60人の憲法起草委員を任命すると定められていたが、2012年7月の国民会議選挙の直前に、国民暫定評議会が同宣言を修正し、憲法起草委員会を国民投票によって選出すると決定した。そして、2013年4月に国民議会が同委員会の選挙の実施を決議した。

「60人委員会」とも呼ばれる憲法起草委員会の60議席は西部、東部、南部の3地域に各20席に振り分けられ、そのうち女性に6議席、少数民族(ベルベル、トゥアレグ、トゥーブ)に2議席ずつが割り当てられた。国民議会議員、国民暫定評議会議員、カッザーフィー政権の幹部、軍人、過去に有罪判決を受けた者には立候補資格は与えられなかった。すべての議席は個人選出方式に割り当てられた。

定員60名に対して立候補は649人(うち女性64人、少数民族20人)であった。選挙日が公式に発表されたのは2014年1月下旬(選挙日の約3週間)であり、有権者が候補者に関する情報を得る機会は限定的であったとの指摘もある。さらに、ベルベル(アマージグ)とトゥーブの人々が、少数民族向けの議席割当(2席ずつ)は過小であり、憲法にマイノリティの権利が反映されないとして本選挙をボイコットした。治安の悪化や地元住民の反発により、1,496の投票所のうち115ヶ所では投票が実施されなかった(このうち一部では再選挙が実施された模様である)。

結果として、有権者登録は約110万人、そのうちの投票率は約46%(投票者約50万人/登録有権者約110万人)にとどまった。60議席のうち13議席は空席となった。

「代表議会」選挙(2014年6月)

2014年6月25日、代表議会選挙が実施された。国民議会選挙とは異なり、定数の200議席のすべてが個人選出方式に割り当てられた。これは、選挙運動が暴力化や政党間の抗争を防ぐためだとされる。32議席は女性に割り当てられた。

選挙では、1,714人(男性1,562人、女性152人)が立候補した。ただし、カッザーフィー政権の元職員が公職に就くことを禁止する「政治的隔離法」にもとづき、41人の候補者は資格をはく奪された。

国民議会の機能不全やリビア全土での治安悪化などを受けて、政治に対する国民の信頼は低下しており、有権者登録数は約151万人、投票率は42%(投票者63万人/登録有権者約151万人)という結果となった。2012年の国民議会選挙と比較すると、投票者は約110万人、登録有権者は約130万人減少した。投票所の閉鎖や候補者の不在といった理由から12の議席は埋まらなかったが、再選挙は実施されなかった。

あくまで暫定的立法府であった国民議会とは異なり、代表議会は正式な立法府と位置付けられた。しかし、代表議会の発足をもって解散する予定であった国民議会の一部の議員が、代表議会の設立手続きが違法であるとして国民議会の存続を主張し、独自の内閣である「国民救済政府(National Salvation Government)」を形成した。ここにおいて、リビアに2つの政府が並存する事態が発生した。国民議会(在トリポリ)と代表議会(在トブルク)の対立は全国に拡大し、リビア国内の治安悪化やジハード主義組織の伸長につながった。

次期大統領・議会選挙に向けて

次期の大統領・議会選挙に向けた有権者登録は、高等選挙委員会(Libya High National Elections Commission)によって2017年12月6日に開始され、2018年3月31日に締め切られた。同委員会によれば、締め切り時点での登録者は在外も含めて243万4,654人であり、有権者全体の53.3%に当たる。選挙に向けて、リビア国内に1,912の選挙事務所と7,000の投票所を設置される予定である。選挙は2019年中に行われる予定であったが、4月からのトリポリ周辺での衝突を受けて、実現は危ぶまれている。

2019年9月時点で大統領選への出馬を表明している者は少数である。2018年3月、元UAE大使のアーリフ・ナイードが、大統領選への立候補を表明した。ナイードは1990年代後半からリビア通信公社に勤務し、現在はヨルダンに拠点を置くテレビ局を経営している。彼はエジプトとUAEから支援を受けているとされ、またハフタル支持を公言している。

また同月、カッザーフィーの次男であるサイフ・イスラームが、「リビア解放人民戦線(Popular Front for the Liberation of Libya)」という団体を通じて出馬を発表した。ただし、サイフ・イスラーム自身は2017年に釈放が発表されてから一度も公の場に姿を見せておらず、チュニジアで行われた今回の出馬表明の場にも現れなかった。

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2019年10月7日

リビア/政党

内戦後のリビアでは政党活動が盛んではなく、政治における政党の役割も限定的である。その理由はいくつか考えられるが、カッザーフィー政権期(1969〜2011年)だけでなくその前のリビア王国期(1951〜1969年)にも政党活動が禁じられており、政党政治の歴史が浅いことが要因だと考えられる。比例代表方式による選挙が行われたのは2012年の国民議会選挙のみであり、政党政治の文化は広まっていない。

また、政変後のリビアで要人の暗殺・誘拐、民兵組織による政府機関やインフラ施設の襲撃などが頻発し、議論や政策でなく暴力によって政治が決定されてきた経緯から、リビア国民の政治に対する期待感が低下したといえる。

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2019年10月7日

リビア/補足

参考文献

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