中東の民主化と政治改革の展望

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「中東・イスラーム諸国の民主化」概説

執筆者
松本弘
大東文化大学国際関係学部教授
最終更新
2011年06月30日

「中東の民主化」に関しては、さまざまな視点や議論、評価があり、当然のことながら決まった答えがあるわけではない。この「中東の民主化データベース」の利用に際して、個別的な情報のみならず、それらがいわば渾然一体となった「中東の民主化」全体にも関心が及んだとき、それをどう考えていけばよいのか。ここでは、そのための背景なり、手がかりなりといった概要や主要な問題をまとめてみたい。それゆえ「概説」といっても、これは一定の前提や評価を示すものでは決してなく、「入り口」の整理を試みるものに過ぎない。評価や答えといった「出口」は、このデータベースの利用者、各人各様のものであることはいうまでもない。なお、ここに述べる内容は「中東民主化研究班」全体の合意や統一見解といったものではなく、あくまで筆者個人による理解や解説であることを明記しておく。

1. 各国概観

「趣旨説明」で述べられているように、データベースの目的は中東各国の民主化に関わる事実確認と情報提供であり、その主要課題は議会・選挙・政党に関わる制度と運用の関係である。それゆえ、まず中東各国の体制・議会・総選挙・政党および現状や問題点を列挙してみる。しかし、これはあくまで全体像を把握するためのものなので、各国の詳細については、データベースの内容を参照願いたい。また、選挙制度に関する用語で混乱が予想されるので、この概説における用語の定義を行ないたい。一般に報道などで「中選挙区」という呼称が用いられるが、政治学では基本的にこの用語を用いない。選挙区の定数が1名ならば小選挙区で、2名以上のものはすべて大選挙区となり、大選挙区のなかで国全体がひとつの選挙区のものを全国区(または一国一選挙区)と呼ぶ。以下の記述もこれにならい、大選挙区のなかで特徴的なもの(すべて2人区、など)がある場合は、その説明を記すこととする。小選挙区については、比較第一位の候補者の得票が過半数に満たない場合、第2回投票を実施するものを絶対多数制、実施せずそのまま当選するものを単純多数制と記す。 

トルコ

議院内閣制。複数政党制。一院制議会(定数550、任期5年)、普通選挙(大選挙区比例代表制、議席獲得最低得票率10%)。現在の政権与党は公正と発展党(イスラーム政党、363議席)。政党の議席獲得最低得票率が高く、比例代表制でありながら死票が多い(死票は得票率10%以上の各政党に、その得票率に応じて議席配分される)。軍部の政治への影響力が指摘される。

イラン

大統領制(公選制、三選禁止)。複数政党制。一院制議会(定数290、任期4年)、普通選挙(大選挙区制、有権者は選挙区の定数まで投票可能。5人区ならば候補者5名まで投票できる)。選挙は個別の政党よりも保守派/改革派といった対立の構図で争われ、現在は保守派が優勢。最高指導者、憲法擁護評議会、司法権長の権限などが批判される。

イスラエル

議院内閣制。複数政党制。一院制議会(定数120、任期4年)、普通選挙(全国区比例代表制、議席獲得最低得票率2%)。現在はカディマ(29議席)を中心とした連立政権。政党の議席獲得最低得票率が低いことから常に連立内閣となり、政権の不安定性が指摘される。

―共和制アラブ諸国―

アルジェリア

大統領制(公選制、三選禁止)。複数政党制。二院制議会:上院(定数144、任期6年)、地方議会からの間接選挙96議席、大統領任命48議席。下院(定数389、任期5年)、普通選挙(小選挙区絶対多数制)。首相は大統領による任命。現在は下院第一党の民族解放戦線(199議席)の党首が首相を務め、民主国民連合(47議席)との連立内閣となっている。イスラーム救済戦線(FIS)は非合法のままだが、他のイスラーム政党は認可。

チュニジア

大統領制(公選制、任期に制限なし)。複数政党制。二院制議会:下院(定数189、任期5年)、普通選挙(小選挙区単純多数制)による152議席と各選挙区の死票を集計し各政党の得票率に応じて議席を配分する37議席。現在は、すべての選挙区で与党の立憲民主連合の候補者が当選し、選挙区での議席を独占。野党は死票の集計による議席配分のみ。イスラーム政党は非認可。

リビア

ジャマヒリーヤと呼ばれる、特殊な「直接民主主義」体制。政党禁止、普通選挙なし。

エジプト

大統領制(公選制、任期に制限なし)。複数政党制。一院制議会(定数454、任期5年)、普通選挙(すべて2人区の222選挙区)による444議席、残り10名は大統領による任命。現在の与党は国民民主党(311議席)。政権による選挙妨害が、半ば公然と批判される。イスラーム政党は非認可だが、ムスリム同胞団の無所属候補者が88名当選。

スーダン

大統領制(公選制だが、2000年の選挙を最後に実施されていない)。複数政党制。現在は2005年の「包括和平合意(政府と南部の反政府勢力との内戦終結)」に基づく移行期間とされ、大統領任命の下院(定数450、政府・元反政府勢力・野党の各代表)と以前の議会からの間接選挙による上院(定数50)による暫定二院制議会。2009年に総選挙を予定。現在の与党は、国民会議党。イスラーム政党は認可。

シリア

大統領制(憲法によりバアス党は「国家と社会を指導する党」とされ、バアス党党首が議会で大統領候補に選出され、国民投票により信任される)。複数政党制(政党を認可する法律がなく、バアス党が指導する進歩国民戦線という翼賛的政治同盟への加盟を認められない政党・政治組織は「非公認」とみなされる。事実上の一党独裁)。一院制議会(定数250、任期4年)、普通選挙(大選挙区制)。現在、国民進歩戦線は167議席で、そのうちバアス党が132議席。他の83議席はすべて無所属とみなされる。シリア・ムスリム同胞団は、1980年に非合法化。

レバノン

大統領制(議会指名、任期6年)。大統領、首相、議会議長が権力の行使を承認・監視しあう「トロイカ(三頭)体制」。複数政党制。一院制議会(定数128、任期5年)、普通選挙(大選挙区制)。宗派制度のもと、議会の議席と内閣の閣僚ポストをキリスト教徒とイスラーム教徒に1対1の割合で配分することが明文化されており、キリスト教マロン派、イスラーム教スンナ派、シーア派がそれぞれ大統領・首相・議会議長に就くことが不文律として認められている。宗教・民族政党は認可。

イラク

大統領制(議会指名)、首相は大統領による任命(実際の権限は首相が行使する。事実上の議院内閣制)。一院制議会(定数275、任期4年)、普通選挙(全国区比例代表制)。上院開設を準備中。現在の与党は、シーア派の政党連合であるイラク統一同盟(128議席)。2003年イラク戦争以降の混乱が続く。

イエメン

大統領制(公選制、三選禁止)。複数政党制。一院制議会(定数301、任期6年)、普通選挙(小選挙区単純多数制)。現在の与党は国民全体会議(229議席)。イスラーム政党は認可。

パレスチナ

自治政府(大統領公選制)。複数政党制。一院制議会(定数132、任期4年)、普通選挙(大選挙区66議席・比例代表66議席、大選挙区にはキリスト教徒への議席配分6を含む)。首相は大統領による任命。現在はハマース(74議席)を中心とする連立政権。大統領と首相の職務権限およびその関係については不明確。欧米からの援助停止、イスラエル軍侵攻による混乱が続く。

―王制アラブ諸国―

モロッコ

憲法上、立法権は国王と議会、行政権は国王に属するが、国王は下院総選挙第一党の党首を首相に任命し、実際の権限は首相が行使する(事実上の議院内閣制)。複数政党制。二院制議会:上院(定数270、任期9年)、地方議会などからの間接選挙。下院(定数325、任期5年)、普通選挙(大選挙区制で295議席、女性議席30)。現在の与党は、人民勢力社会主義同盟(50議席)を中心とする連立政権。イスラーム政党は認可。

ヨルダン

立法権は国王と議会、行政権は国王に属する。複数政党制。二院制議会:上院(定数40、任期4年)、国王による任命。下院(定数110、任期4年)、普通選挙(大選挙区制で104議席、全国区制で女性議席6)。首相は、議会と関わりなく国王が任命。イスラーム政党は認可。

サウジアラビア

立法権、行政権は国王に属する。政党禁止。立法権を有する議会なし。諮問評議会(定数151、任期4年。立法権はなく、政府に対し助言・提言を行なう機関)、国王任命。首相(閣僚会議議長)は国王ないし王族。2005年、州諮問評議会の議席の半数に対し選挙実施(女性参政権なし)。

クウェート

立法権は首長と議会、行政権は首長に属する。政党禁止。一院制議会(定数50+首相・閣僚)、普通選挙(すべて2人区の25選挙区、有権者は候補者2名まで投票できる)。首相は、議会と関わりなく首長が王族を任命。

バハレーン

立法権は国王と議会、行政権は国王に属する。政党禁止。二院制議会:上院(定数40、任期4年)、国王任命。下院(定数40、任期4年)、普通選挙(小選挙区絶対多数制)。首相は、議会と関わりなく国王が王族を任命。

カタル

立法権は首長と議会、行政権は首長に属する。政党禁止。2003年新憲法により、一院制議会(定数45。普通選挙による30、首長任命による15)開設を準備中。首相は首長が王族を任命。1999年より、地方諮問評議会選挙を実施。

アラブ首長国連邦(UAE)

立法権、行政権は連邦大統領(アブダビ首長)に属する。政党禁止。立法権を有する議会なし。連邦諮問評議会の議員(定数40)は、7首長国それぞれの首長が割り当てられた人数を任命してきたが、2006年に議席の半数に対して初めて選挙が実施された(選挙人は7首長それぞれによる任命。任命選挙人から立候補者。7首長国ごとに選挙)。連邦首相はドバイ首長。

オマーン

立法権、行政権は国王に属する。政党禁止。立法権を有する議会なし。普通選挙による諮問評議会(定数83、任期4年)と国王任命の国家評議会(定数59、任期4年)。国王は首相、国防相、財務相、外相を兼務。

このような簡単な一覧だけでも、実にさまざまな政治体制・制度が中東諸国に見て取れる。共和制/王制、大統領制/議院内閣制、複数政党制/政党禁止、イスラーム政党の認可/非認可、議会・選挙の有無といった分類軸は多数あるが、共通性には乏しい。加えて、選挙制度(全国区比例代表制から小選挙区制、地方議会などからの間接選挙)、政党制度(特定の政党に対する非認可や制限など)、女性や少数派エスニック集団への議席配分、地方行政・地方議会・地方選挙、立法権のない大統領任命の上院に相当する議会など、事例ごとの各種の制度の内容には、より一層の多様性が存在する。さらに、選挙の実情(政権による投票率や選挙区の操作、投票の妨害などの有無)、大統領や国王の権限行使の度合い、議会や諮問評議会の実際的な権限の強弱、政党禁止状態での政治団体の設立および活動の許容といった制度の運用状況の違いを考えれば、もはや「千差万別」といってもいいほどのバラエティである。

むろん、複数の国を一定の地域に括ったからといって、そこに大きな共通性が存在するとは限らないし、各国の制度を細かく見ていけば、そこに違いが増えていくのは当然であろう。そのこと自体は、中東以外の諸地域でも同様である。しかし、それにしても、やはり中東は他の諸地域に比して多様性が大きく、ここに「中東の民主化」を考えるときの第一の難しさがあろう。

このような共通性/多様性の問題のみならず、より一般的な民主化の問題に関わるさまざまな状況もある。試みに、いくつかの例を示してみる。まず、選挙によって政権交代が生じたことのある国はトルコ、イラン、イスラエル、レバノン、パレスチナ(自治政府)、モロッコのみである(アルジェリアやイエメンにおける連立政権の組み合わせの変化は除く)。共和制アラブ諸国には長期にわたる政権が多く、政権交代の有無は選挙の自由度を計る大きな基準になるだろう。しかし、自由な選挙において特定の政党が勝利し続ける可能性もあるし、政権交代に至らずとも選挙結果に変化が大きい国も存在する。それゆえ、政権交代の有無のみにより評価を下すことには疑問が生じるが、同時に長期にわたる政権維持にもより強い疑問を抱く。

一方、王制のGCC諸国(サウジアラビア、クウェート、バハレーン、カタル、UAE、オマーン)は、いずれも政党を禁止しており、民主化という観点からは一様に厳しい評価を受ける。けれども、クウェートとバハレーンには立法権を有する議会と普通選挙が存在し、ともに政治団体の活動を認めている。その政治団体は選挙の際し、実質的に政党の役割を果たしており、選挙自体も共和制の国々に劣らない(問題の多い共和制の国よりははるかに)自由で活発なものとなっている。しかし、どれだけ選挙が自由であっても、クウェート、バハレーンは他の4カ国およびヨルダンと同じく、首相は国王により議会と関わりなく任命され、選挙結果という民意は政府の成立には反映されない(議会による大臣の喚問などは可能)。そこには、政党の有無という基準のみでは計れない状況や、自由な選挙と行政権との乖離といった状況がある。

また、選挙の実施には、我々の想像以上の行政実務能力が必要といった側面もある。選挙をやりたくとも、住民台帳の作成、選挙人の登録、選挙管理委員会の編成やその職務の理解(投票所の運営、秘密投票の徹底、投票箱および開票作業の管理)、票の集計および発表に関わる手段などをまかなうために必要な規模・能力・経験を備えた政府でなければ、その実施はおぼつかない。たとえば、中国に民主化が必要であるといっても、14億の人口で普通選挙を実施した例は歴史上存在しない(その意味で、人口10億のインドにおける総選挙は賞賛に値する)。それゆえ、先進国から途上国への選挙支援といった協力も必要とされる。選挙を求める主張・議論や選挙への評価には、民主主義という価値や理念とともに、その国の行政能力も勘案されなければならない。

たとえば、2006年にUAEで連邦諮問評議会の議席半数に対する、史上初めての選挙が行なわれた。しかし、連邦を構成する7首長国の各首長から任命された選挙人は、全体で6689人(うち女性1189人、女性当選者は1名)とUAEの国籍を持つ人口のおよそ1%に過ぎず、きわめて制限された選挙であった。これには、むろん民主化自体に対する政権側の制約という意図もあろうが、同時に普通選挙を実施できるだけの行政能力を備えていないという現実もあろう(オマーンでは、1997年に諮問評議会選挙を導入した際は、各州知事任命の選挙人は計5万1000人であったが、現在は21歳以上の全国民に拡大されている)。たとえ立法権を有する議会がなくとも、選挙の経験は将来の民主化にとって重要な基盤作りとなる。それゆえ、GCC諸国に続いている近年の選挙実施は、注目すべき変化といえよう。

冒頭で「入り口」の整理といいながら、これではむしろ混乱を助長させるような記述となってしまったが、とにかく「中東の民主化」にはいろいろな状況が存在し、そこでいろいろな見方が可能であることは、確認できたと思う。それでは、「中東の民主化」に対して、どのような観点から臨んでいけばよいのだろうか。

2. 主要な問題

ここでは「中東の民主化」全体を考えるために、筆者が必要であろうと判断した3つの問題を取り上げ、それぞれにつき簡潔な解説を行ないたい。繰り返しになるが、これら以外にも重要な問題や観点は多数存在するため、とりあえずの整理であることを明記しておく。

(1) 評価のギャップ

中東各国の民主化に対する評価に関しては、それを世界的規模のなかで考える場合と、対象国の史的背景や政治変化を重視して考える場合とで、大きな違いが見られる。前者の評価は厳しく、後者の評価はより積極的である傾向が強い。

前者の典型は、フリーダムハウス(http://www.freedomhouse.org/template.cfm?page=1)やPolity IVプロジェクト(http://www.cidcm.umd.edu/polity/、米メリーランド大学のCenter for International Development and Conflict Management、CIDCMに設置)による評価であろう。双方とも、政治体制・制度、選挙の実情のみならず、人権やメディアの自由度、司法の独立などから多角的、総合的に検討して、各国への評価を数値化し、その「ランク付け」を行なっている。個々の国を見れば、フリーダムハウスとPolity IVに違いはあるものの、中東諸国に対する評価は一様に低い。もちろん、その責任は中東諸国という対象の側にあるし、「ランク付け」によって先進国を含めた全世界の現状を一望できる利点もある。しかし、国ごと、地域ごとの多様性にあふれる世界を共通の基準で判断し、それを数値化して比較する作業には、現実の反映という面では却って疑問を抱く。

一方、後者は地域研究者による評価である。筆者も地域研究者を自認しているので、説明の客観性に支障があると思うが、地域研究者は特定の国を長期間観察し、その史的展開から評価を示す例が多い。いわば、前者が空間的な視点に立っているのに対し、後者は時間的な視点に基づいている。一言で言えば、「以前と比べれば、良くなった」ということを重要視しているのだが、これは決して「ひいき」ではなく、その作業は事実に基づき客観性を求めながら行なわれている。地域研究者は種々の問題を細部にわたり検証し、それらを指摘・批判した上で、そのような評価を示している。事実、このデータベースの執筆者各人を含め、地域研究者による中東各国の民主化に関わる分析および評価には、既に優れた研究業績が数多く存在する。

ところが、前者と後者の評価をつき合わせても、後者の各国に関わる研究業績をいくら並べても、「中東の民主化」は見えてこない。むろん、前者においては、視点や立場が違えば評価が異なるのは当然であり、後者においては、対象国の特殊性が議論・評価の基礎となるため、他の国々との共通性・一般性に関わる指摘は少ない。しかし、前者と後者の評価に非常に大きなギャップがある場合、そして各事例に関わる研究業績に共通項が非常に少ない場合、やはりその溝を埋める試みや努力がなされるべきであろう。

(2)制度と運用の関係

既述のように、このデータベースは議会・選挙・政党に関わる制度と運用の関係を、主要課題としている。民主化の研究・評価のためには、制度や法律の確認のみならず、その実際の運用状況まで確認しなければならないことは、論を待たない。たとえば、選挙に関する法律や制度は整備されているのに、実際には選挙が実施されないとか、実施されても制度とは無関係の制約や操作が行なわれているとかの状況があるのなら、それらは論外であって「犯罪」に等しい。「司法の独立」や「メディアの自由」が、民主化の議論や圧力のなかに必要となってくる理由のひとつが、このような運用上の問題にある。さらに運用の問題をより大きく考えれば、現在のイラクのように身の危険のために投票所に行けないような状況は、選挙のための治安の確保がなされていないという意味で、やはり制度との乖離が指摘・批判されよう。むろん全体の状況としては、このような極端な例よりも、法律・制度の解釈をめぐる運用上の問題の方が多い。それは先進国も同じことだが、中東各国の事例にはそれぞれに固有な事情をはらんだ問題も存在する。制度が民主的であるか否か、その実際の運用は適正に行なわれているか否か、両者の間にはどのような解釈の問題があるのかといった関係を確認することは、当然ながら、民主化の分析・評価にきわめて重要な作業となる。

けれども、ここで指摘したい問題はもうひとつある。それは、法律・制度が重要か、それとも運用や慣習という現実が重要かという問題である。王制アラブ諸国すべての憲法は、国王に立法権と行政権を認めている。この憲法規定は、王制諸国の民主化に関わる諸問題の根源ともいうべきものとなっている。一方、西欧王制諸国の現行憲法を見てみると、ベルギーとオランダは「立法権は国王と議会に属する」、ベルギーとノルウェーは「行政権は国王に属する」、デンマークは「立法権と行政権は国王に属する」と規定している。また、周知のようにイギリスの上院である貴族院の議員は、国王の任命となっている。しかし、これらの国々では、国王や貴族院は「慣習上」、それらの権限を行使しないということになっている。モロッコの国王が、下院総選挙第一党の党首を首相に任命しているのも「慣習」であって、憲法上は誰でも任命できる。それゆえ、モロッコ王制は少なくとも首相任命に関しては、西欧王制諸国に近い状況にあるといえよう(ヨルダンでも過去に一度だけ、国王が議会議員を首相に任命したことがあるが、その首相は政治的混乱を危惧して短期間で辞任した)。

一方、立憲君主制が「国王が憲法の規定に従うこと」を意味するのなら、それが機能しているのは上記GCC諸国やヨルダンであって、西欧王制諸国ではない。もちろん、これは皮肉を込めた表現であって、西欧王制諸国の方がはるかに民主的で自由であることは明らかである。では、西欧とアラブの王制国家間に見られる、このような憲法の規定と現実の政治状況との関係は、どう考えるべきなのか。長い歴史のなかで、次第に市民権が王権を凌駕していった西欧王制諸国の過程はよく知られているが、それでも憲法は国ごとのさまざまな事情により改正されていない。片や、GCC諸国は自らの憲法(または基本法)に文字通り従っているが、その政治状況は民主的とは到底言いがたい。GCC諸国やヨルダン、モロッコは、今後の民主化を憲法改正を含めた法的・制度的改革によって行なうべきなのか、それとも西欧王制諸国のように、運用・解釈・慣習によって憲法や基本法を変えずに行なっていくべきなのか。法律と現実の間の問題は民主化に限らないが、そのどちらを優先すべきかは、容易には判断のつかない困難な問題といえる。

(3)イスラーム政党

「中東の民主化」を考えるとき、イスラーム主義の問題は避けて通れない。しかし、イスラーム主義そのものを対象として議論する余裕はここにはないので、いわゆる「イスラーム政党」について、その現状や問題点を筆者なりに解説したい。イスラーム政党という用語については、いまだ厳密な定義はなされていない。冷戦崩壊に伴うイスラーム諸国の民主化の過程で新党が数多く形成されたが、そのなかに「イスラーム」を掲げる政党も多く存在したことから、その現象や思想、活動を分析するための実体概念として用いられるようになり、それらの政党が定着してからは分析概念としても扱われるようになったと考えられる。ここでは、定義の細かな問題はさておき、党綱領にシャリーアの施行、イスラーム国家、政治とイスラームとの関係に対する肯定的・積極的評価、諸政策へのイスラーム的価値の反映といった表現のいずれかが言及されている政党を「イスラーム政党」とする。さらに、法律や体制との関係でそのような表現を用いていないが、明らかにイスラーム主義に基づく政党であると判断できるものも、これに加える。ただし、世俗主義的な政党であっても、近年は有権者へのアピールやイスラーム政党との対抗のため、イスラームへの言及を積極的に行なう例が多くなってきている。これも定義が難しい一因なのだが、そのような例は除くこととする。

最初に、中東各国におけるイスラーム政党の認可/非認可の状況を、以下のようにまとめてみた。

A. イスラーム政党を認可している国
  • レバノン:ヒズブッラー(ヒズボラ、神の党)
  • ヨルダン:イスラーム行動戦線党
  • イエメン:イエメン改革党(イスラーハ)、ハック党、イエメン人民勢力同盟
  • モロッコ:正義発展党(PJD)
  • イラク:イラク統一同盟(政党連合)、イラク・イスラーム党
  • スーダン:国民イスラーム戦線(NIF)
  • イラン:イスラーム参加戦線など
  • パレスチナ:イスラーム抵抗運動(ハマース)
B、特定のイスラーム政党を非合法化し、そのほかは認可している国
  • アルジェリア
    • 非合法化-イスラーム救済戦線(FIS、1992年)
    • 認可-平和のための社会運動(MSP)、進歩のための運動(ナフダ)
  • トルコ
    • 非合法化-福祉党(1998年)美徳党(2001年)
    • 認可-公正と発展党(AKP)
C、イスラーム政党を認可していない国
  • チュニジア:ナフダ党(旧イスラーム潮流運動)
  • エジプト:ムスリム同胞団、ワサト党など
  • シリア:ムスリム同胞団

イスラーム政党で単独与党の経験があるものは、トルコのAKP(現在)とパレスチナのハマース(現在)、連立与党の経験があるものがトルコの福祉党、アルジェリアのMSP、イエメンのイスラーハ、レバノンのヒズブッラー(現在)である。イスラーム政党を認可していない国に記した団体名は、その国のイスラーム勢力、政党申請を認められなかった団体、政権により停止状態にある団体である。このほかには、政党禁止のため政治団体として認可されている事例として、クウェートのイスラーム立憲運動、イスラーム遺産復興協会、科学的サラフィー運動、イスラーム国民連合、バハレーンのウィファーク、ミンバル、アサーラなどがある。また、イスラエルでは、ユダヤ教政党のシャス、マフダル、トーラー・ユダヤ教連合(政党連合)が認可されている。

イスラーム政党が認可されない法的根拠は、憲法上の政教分離規定や、憲法または政党法に記された「政党は特定の民族、言語、地域、宗教などをその基盤としてはならない」という規定にある。しかし、このような規定はイスラーム政党を認可している国々にも同様に存在する。それゆえ、イスラーム政党の認可・非認可は、法的・制度的問題というよりも政権による法的解釈・判断の問題であり、既述した制度と運用の関係に左右されている。現在、イスラーム政党を認可していない国でも、解釈や判断を変えるだけで、法改正をせずとも認可することは可能な状態にあるし、その逆もまた可能なのである。

このような認可・非認可の違いが生ずる理由は、純粋で厳密な法解釈・法判断というよりは、明らかに政権側によるイスラーム勢力への警戒感の有無や強弱に拠っている。そして、この警戒感は欧米や日本など、イスラーム諸国以外の国々にも、一般に共有されているように見える。イスラーム政党が認可され選挙に参加すると、ほぼ例外なく、多くの票を集めて躍進する(ただし、2回目または3回目の選挙で議席を減らす事例が多い)。そこから想起される事態は、1992年以降のアルジェリアの内戦状態であろう。1991年の総選挙でイスラーム政党のFISが大勝すると、翌年に軍が介入し憲法と議会を停止した。以後、アルジェリアは6年に及ぶ軍とイスラーム勢力との武力衝突を経験する。このアルジェリアの事例は、イスラーム政党台頭に関わる警戒感や危惧に関してたびたび言及され、2003年イラク戦争後のアメリカ主導の民主化圧力に対しても、エジプトのムバーラク大統領が「急激な民主化は、アルジェリアのような事態を引き起こす」と反論した(シラク仏大統領との会談後の会見)。

しかし、アルジェリアの混乱の原因を、民主化によるFISの勝利に求めるのか、軍の介入(イスラーム政党潰し=民主化潰し)に求めるのかは、政治的な立場による。確かにFISの勝利がなければ、軍の介入もないわけだが、武力衝突の原因をFISの選挙結果に求めるのは、常識的には無理がある。イスラーム政党への警戒感とは裏腹に、選挙で勝利または躍進したイスラーム政党が主体となって、選挙後に政治的暴力や深刻な混乱を引き起こした実例は、中東およびイスラーム諸国に存在しない。また、イスラーム政党を認可している国々が、中東諸国のなかでは民主化が(ある程度でも)進行し、それなりの評価を得ているのに対し、認可していない国々は民主化に関して多くの問題が指摘され厳しい評価が与えられているのは、偶然とは考えにくい。イスラーム政党を認可し選挙に参加させて、「政局」「政争」というフィールドで政治的な対立を展開する状況と、民主化の実施・進行とが重なり合う傾向を、そこに看取できる。イスラーム政党台頭に対する警戒感は、それが現実味を帯びる可能性ももちろんあるが、同時に特定の国の政権維持に利用される可能性もはらんでいる。

イスラーム政党に関してはこのほかにも、構造調整やグローバリゼーションに反対し、社会的弱者の擁護者、代弁者の立場に立つ傾向(その意味では、「左派の代替物」といった位置を占める傾向)や、イスラームという宗教を掲げるために、世俗的な政治イデオロギーに対するようには反対を公に表明しにくいという傾向、イスラーム政党の側で立候補者数を抑えたり、議席獲得の後に穏健化したりして、政権との全面対決を避ける現実主義的な対応をとる傾向、イスラーム政党やイスラーム勢力に対する穏健/過激といった分類が多くの場合、現実を反映していない傾向など、さまざまな問題や特徴、変化がある。しかし、いずれにしても、イスラーム政党の位置付けや活動が、中東諸国の民主化の重要な要素や局面のひとつであることは疑いない。

3. アプローチの模索

上記3つの問題は、中東地域に限らない。評価および制度/運用の問題は他の諸地域にも、イスラーム政党はインドネシア、マレーシア、パキスタンなどのイスラーム諸国にも、共通する問題であり観点である。それゆえ、ここでもまた民主化に関わる中東という地域的枠組みに困難と疑問が生じるが、しかし同時に、その共通性を手がかりに中東の各事例と他の諸事例を、中東地域と他の諸地域を比較検討できる可能性も、そこに見出せるかもしれない。「中東の民主化」を分析し評価するためには、中東域内の諸事例を比較検討できるアプローチのみならず、中東以外の地域の事例とも比較検討できるアプローチが必要となってくる。そのような事例横断的、地域横断的アプローチについては、このホームページの「趣旨説明」にも記されているが、ここでもその可能性につき言及したい。

中東は「民主化の第三の波に乗り遅れた」といわれるが、それでも冷戦崩壊前後の1980年代末から1900年代初めにかけて、中東諸国の多くで民主化が実施された。その時期には、このデータベースと同様な関心によって、制度変化や選挙結果の分析・研究が数多く出されている。しかし近年では、「中東の民主化」について、「民主主義とイスラーム(が両立するか否か)」やアメリカ主導の民主化圧力という視点からの議論や研究が多くなっている。もちろん、それらの業績にも重要な指摘や示唆が含まれているが、筆者個人は基本的に議論の順番が逆ではないかと考えている。制度や選挙・政党に関わる研究を再評価し、運用や解釈との関係を含めた新たな制度研究を行ない、各国ごとの民主化に関わる現状や問題点を確認したうえで、そこに見られる「イスラームとの関係」や民主化圧力を考察すべきではないか。そして、それらの事例を比較検討することによって、事例間や地域間の一般性と共通性を抽出し、「中東の民主化」に対する評価を試みるべきではないかと考えている。

問題は、そのためのアプローチである。民主化の要因に関わる近代化アプローチや構造的アプローチ、「ポリアーキー」や「移行と定着」のプロセス、政党制などといった既存の民主化研究が持つアプローチも、もちろん有効であろう。一方、これらに加えて、民主化の要因に関する研究では、近年「制度」をキータームに用いる新しいアプローチが提起されている。詳細は割愛するが、それはたとえば岩崎正洋氏(日本大学)による「問題解決のための手段としての民主主義」(岩崎正洋・他編『民主主義の国際比較』一芸社、2000年。岩崎正洋『政治発展と民主化の比較政治学』東海大学出版会、2006年)や、武田泰裕氏(防衛大学校)の「政治・制度的アプローチ」(武田泰裕『民主化の比較政治-東アジア諸国の体制変動過程-』ミネルヴァ書房、2001年)といったものである。筆者個人は、それを「民主主義は目的であると同時に、問題解決のための手段であり、政権により民主的制度の導入が、眼前の問題の解決にもっとも有効と判断された場合に民主化が生じ、導入された制度が機能する範囲において民主化が進行・定着する」と理解している(筆者はこの個人的理解によるアプローチが、上記冷戦崩壊前後に民主化が始まった中東諸国の事例(民主化と経済の悪化、デモ・暴動の発生、構造調整の受け入れ、イスラーム政党台頭との重複。分配に代わる新たな支配の正当性を得るための民主化)に有効と考えているが、その議論は別の機会に譲る)。

ただ残念ながら、これらのアプローチはいまだ提起の段階で、既存のアプローチのように理論化されているわけではない。筆者個人がさらに期待しているのが、河野勝氏(早稲田大学)らが試みている政治学における「制度論」である(河野勝『制度』東京大学出版会、2002年。小野耕二『比較政治』東京大学出版会、2001年。青木昌彦『比較制度分析に向けて 新装版』NTT出版、2003年。河野勝・岩崎正洋編『アクセス 比較政治学』日本経済評論社、2002年)。これは経済学と社会学に確立されている制度論を、政治学においても構築しようとするもので、その制度論は民主主義や民主化の研究にも援用できるものが想定されている。筆者は、その援用を「『制度論』的アプローチ」と密かに呼んで(書いてしまったが)、「中東の民主化」に用いることができないかと、これまた密かに期待し、自分でも試行錯誤している。

このような「制度」に着目するアプローチが確立されて、「中東の民主化」に援用できる状況を、筆者は待ち望んでいる。もちろん筆者自身も、そのための努力を行なうつもりでいる。